江戸という街は広いようで狭い。そもそも世間というのはそういうものだと、銀時はぼんやりと思いながら、頭を掻く。道でばったり。多少の因縁があるもの同士。しかも、「あらあらまあまあ偶然ね」と言い合えるような仲ではない。
「いや、多串くん。君、あれだね。短気だね」
鉢合わせた瞬間、ピシリと空気に亀裂が入ったような気がした銀時から出てきた言葉はそれだった。
「俺が本当に短気なら、お前と会った瞬間に問答無用で刀を抜いている」
それに対する土方の答えは酷くぶっきらぼうで、実物の刀は抜いていなくとも、言葉の刀を抜き身で持っているじゃないか、と銀時は思う。我ながらうまいな、とも。だからといって、それを口に出すことが得策でないことはわかりきっていたので、受け流すという年の功から得た手段を講じることにしたわけだが。
「あー、そうかな?そうかもね。まあ、いいや」
じゃ、と言って通り過ぎようとした銀時は進もうとした方向と逆の力が腕にかかっていることに否が応でも気づかされ、溜息が一つこぼれる。
「多串くん」
「俺は土方だ」
「そうそう、菱形くん」
「お前、それわざとだろ!?」
「多串くん。名前なんてあれだよ。いわゆる記号だ。そんな記号に縛られてどうするよ?記号に縛られた人生にどんな意味があるってんだ?人ってのは自由でなんぼだろ」
「なら、俺は今度からお前のことを金時と呼ぶことにするが、いいんだな?」
「おまっ!それじゃジャンプが回収さわ──!!」
土方の胸倉を掴んで叫びかけてから、ふと気づく。
「ていうか、お前が俺の名前呼んだことあったか?」
「それは、お前あるに──」
土方の言葉が止まり、思案顔に変わる。しばらく待っても彼は黙り込んだまま。
「・・・・・・なんか、ちょっとそれは切ないのですが?」
ぽそりと漏れた言葉に切なさが増す。土方はそんな銀時の様子に多少罪悪感を覚えたのか、視線を外している。はぁ、と一つ溜息をついて、銀時は土方から手を離した。
「多串くんが呼んでくれるなら、銀さんでも金さんでもなんでもいいよ」
投げやりに言い捨てて、去るために身を反転させようとして止まる。視界の端にぎりぎり入ったものに、思わず漏れた一言は。
「うわ。多串くん。それはないよ」
ここに彼の部下がいたならなんと言っただろうか。
『男2人が顔つき合わせて真っ赤になって。ナニやってるんですかィ』
おそらくそんなことを言っただろう。
神田 なつめ