*足フェチ注意!!
身体は泥のようになって地に伏しているのに、頭だけがふわふわと浮いた心地がする。この感覚はよく知っていた。俺は今、酔っているのだ。
アルコールに支配された身体では瞼ひとつ持ち上げるのでさえ億劫だった。それでも俺は濁った意識の中、なんとか目覚めようとする。再び眠りに落ちたいと願う部分と、今の現状を確かめたいと思う部分がせめぎ合ってなかなか俺の目は開かなかった。そうして長い時間をかけて開かれた視界の真ん中には、灰色の物体がでんと存在していた。
「………」
まだ意識がハッキリしない俺はしばらく目を瞬かせ、ああと納得する。
目の前にあるものは見慣れた形だった。俺自身も持っているものだから。視線を自分の下方へ向ければ同じものがあるはず。
そう俺の目の前にあるのは足だった。本来は肌の色をしているそれが灰色に映るのは、この部屋の電気が消されているからだ。勿論、目の前の足は俺のではなく第3者のもので、他人の足が顔元にあるこの状況は、俺と相手が逆さに寝かされていたからだと考えられた。
この状況を説明するために、もっと記憶を遡らせる。
俺は大学の3回生で、所属しているサークルの合宿に来ていた。合宿というのは名ばかりで、毎日宴会してちょっとアウトドアをする、そんなふざけた日程である。そして、今日はその最終日。明日は貸し切りバスで直帰なので、最後の夜の飲み会は各自のリミッターが外れるとても危険な夜なのだ。3回目にもなって潰された俺は飲み会が行われている部屋とは別の一室に放り込まれたらしい。そして放置される。これも毎年恒例の光景なので文句も言えまい。
遠くから仲間の騒ぎ声が聞こえる。目は先程と比べてだいぶ覚めたが、依然容赦ない飲み会が続く部屋に戻る気にはなれなくて、俺は目の前にある他人の足を見つめながら欠伸をした。
「足……」
暗闇にも慣れてきて、足の輪郭がはっきりと見えた。綺麗に切り揃えられた爪。骨張った踝。かかとの後ろからすっと伸びた腱は陰影がはっきりと浮き出て、その造形美はまるで美術の彫刻のようだ。脛の中腹辺りから掛けられた布団は、この人物の顔をすっぽり隠してしまっていが、足の大きさからして男だと判断できた。しかし、数少ないサークルの女の子ではなかったことも、あんまり気にならないくらい綺麗だ。
「……舐めてぇな」
ぽろりと零れた変態染みた台詞に、突っ込む奴もここには居なかった。どうやらこの部屋で屍となっていたのは俺とこの足の持ち主だけのようだ。その現実はますます俺を暴走させる。
俺は少し変な嗜好がある。それは極度の足フェチだということ。無論、それは男が女性の細くて長い脚線美に対する一般的な憧れとは違い、特に足の甲の骨や踝、足首の裏に浮き出る腱の筋に心惹かれるといった、ちょっとマニアックな好みだった。正直、理解され難いと自覚はあるので黙ってはいたが、今の俺の理性は大量のアルコールによってズタボロにされている。言葉に出してしまえば、行動するのは簡単だった。
まず、目に付いた親指から試してみた。つ、と伸ばした舌先で指の腹を擽る。近付いた鼻先は、微かな夏の足独特の匂いを拾った。
やべぇ!
俺は心の中で叫んだ。
腹の下がぎゅっと締め付けられる心地がした。しかし、それは寝込みに不埒な行為を働いている罪悪感なんてものではなく、実際は下腹部に急激に血液が流れて体が驚いているだけだった。つまりは、勃起したのだ。あの一瞬で。俺の好みは造形だけでなく、質感とか匂いまでに至るらしい。自分でも知りえなかった奥底の欲望に、俺は今流されようとしている。
「はっ、…はぁっ…!」
俺は無我夢中で指先を口に含んだ。厚い皮のざらざらした感触を丹念に味わって、爪に噛み付いて。知らず俺の右手はジャージの裾を割って、息子を扱いていた。
「ん…、」
何も知らない足の持ち主が違和感に小さく身じろいだ。俺は引っ込められそうになった足首を思わず掴んで、その感触にますます興奮した。肌は滑らかだというのに、足首の関節の硬さだとか、力の入った太腿の筋肉の隆起だとか、ひとつひとつを舐めて舌で感じたい。今まで自制していた隠された欲求は、この足を前にして最高潮の昂ぶりを見せていた。
「はぁ、やべ…」
性器を弄る手の動きはますます荒くなる。俺は欲望の赴くまま、彼の足に再び舌を這わせた。必死に指をしゃぶる姿は、まるで赤ん坊がミルクを強請っているようで。しかし、していることはこんなにも卑猥で。その倒錯的なシチュエーションに頭がくらくらする。
「ぁッ…ヤベ、いきそ…」
うっとりと射精間近の恍惚に浸っていると、綺麗な筋肉がぴくりと動いた。
「――何…?」
調子に乗って足を嬲っていたためか、持ち主が覚醒したようだ。
ばさりと乗っかっていた布団が滑り落ちて、彼の顔が露わになる。その顔は今年入ったばかりの1回生だった。
「先輩…?」
彼もまたアルコールのせいでぼうっとしているのか、少し舌足らずな声音が不審そうに俺を呼ぶ。それでも俺の手は止まらない。さすがに足を舐めるのは遠慮したが。
まだ眠たそうに細められた瞳が、性器を弄る俺の手を捉えた。
「え!?……何やってんすかッ…」
「あー、ちょっと興奮しちゃって」
「こ、興奮って言っても……」
彼は真っ青な顔をしておろおろしている。そして、その姿を冷静に見つめる俺。彼が動揺するのも仕方がない。目が覚めたら至近距離で男の先輩がオナっているのだ。怒ることも出来ず、注意することも出来ず、ただ驚くことしか出来ない彼。そんな可哀想な彼に付け入るように俺は再びその足首を捕まえた。
「なッ…」
「俺、これに興奮してんの。ちょっとオカズにしてい?」
彼の目が大きく見開かれた。一気に怯えた表情になる彼に、俺はにこりと笑ってこう告げる。
「だから舐めさせろよ。土方くん」
拒否の言葉を言わせないよう、その唇を塞いでやった。
オマケ
俺はこの春大学に入学したばかりの1回生だ。バイトやサークルにも入って、気楽なキャンパスライフを満喫している。と、言いたい。
俺の大学生活に一抹の不安をもたらしているのは楽しいはずのサークルの先輩だった。
「土方くん、ちょっといい?」
本来ならテレビゲームや麻雀卓を囲んでいる奴らがいるはずの部室は、今日は俺とその先輩だけで。俺はその嫌な予感に顔を引き攣らせた。
「何ですか?」
「ちょっとね〜、今から活動行く?」
サークルの活動なんてたかが知れている。表向きはアウトドアサークルなんて語っているが、グラウンドの片隅でボールを転がすか(サッカーらしい)古いラケットでバドミントンをするかだ。
「……そのつもりですけど」
それでも何処か真面目な俺は、声が掛かれば参加していた。今日もサッカーもどきに誘われていて、そのためにロッカーに置いてあったジャージを引っ張り出す。
「じゃあさ、着替えるよな?」
「………」
「その履いてる靴下、くれ」
これだ。
嫌な予感どんぴしゃ。俺はこの先輩に関する不吉な予感を外したことはない。全てはあの夏合宿から始まった理解不能な日常。
「洗ったやつじゃなくて、今履いてるやつね。サッカーした後のでも汗臭くていいけど、泥の匂いついちまったら半減だからなぁ」
「……参考までに聞きますが、どうして必要なんですか?」
「オカズにすんだよ。お前、直接触らしてくんねーだもん。あ、なんなら足写メ撮らせてくれる?」
「………」
変態の先輩を持った俺は、一体どうすればいいんだろうか。こんなマニアックなキャンパスライフを望んでいたわけではないのに。
しかし、不本意にも俺は――
「靴下、新しいの買って来て下さいよ……坂田先輩」
何故か彼の言うことを聞いてしまうのだった。変態の仲間入りも近い。
そのまたオマケ
俺の後輩はちょっと迂闊だと思う。
ジーンズの尻ポケットに捻じ込まれたケイタイには、先程撮らせてもらった彼の素足が保存されている。そして鞄には脱ぎたての靴下。全ては俺の特殊な嗜好に協力してもらっている形だが、いくら先輩命令とは言え、ちょっと協力的過ぎると思うのだ。無防備というか、考えなしというか。もちろん俺はノーマルだが、今の状況、同性愛者だと思われても否定は出来ないくらい尋常ではない。それなのに、彼は嫌そうな表情と溜息ひとつで全てを許してしまっている。
「あれじゃ俺がまた襲っても、文句は言えねぇよ……」
今月末には懇親合宿が控えている。週末に一泊という単なるオールナイト飲み会だが、眠るための部屋はあるし、酒も入る。あの夏と同じ展開が高確率で起きそうな具合である。正直、俺自身こうも甘やかされている手前、生の彼の足を前に自制する自信がない。
「ま、なるようになるか」
甘やかされた俺は阻止するための方法など考えつくはずもなく、今はケイタイに残された彼の画像に思いを馳せるのだった。
春日 凪