*患者銀時x医師土方


大江戸病院整形外科勤務の土方は困っていた。
「土方先生!ちょっとどうにかしてくださいよ」
女性看護師から毎日言われるこの台詞。すべてある患者の素行についての訴えなのだ。
「坂田さん、今日もまたセクハラするんですよ!!」
「そのせいで他の患者さんも、セクハラ気味になってきて…いい迷惑です!!」
「あんな元気ならとっとと退院したらいいのに…」
土方を呼び止めた彼女達は一気にこう捲くし立てた。
坂田と呼ばれる患者は、土方の担当でもあった。そのため、彼女たちの愚痴は担当医である土方に向けられる。まだ医師としても日の浅い土方は、「はぁ」と何度も気のない返事をするしかない。被害者自身が文句を言っても聞かないような男が、土方の忠告など聞くはずもないだろう。
土方は、問題の患者の顔を浮かべて溜息をついた。
坂田銀時。
まだ17歳の少年である。原チャで交通事故を起こし、足を骨折して入院してきた。
元気が有り余っている年頃なのか、全治2ヶ月という大怪我をしたにもかかわらず、数分とてじっとしていることはない。どこかの水商売と勘違いしているのではないかと思うほど、ナースを呼び出してはお触りアリの話し相手にするものだから、いくら白衣の天使である彼女たちの不満もどす黒く膨れ上がっているのだ。
「先生、一度厳しく注意しておいてくださいね!!」
強く念を押して去っていった看護師に、土方はもう一度情けない返事をして、天を仰ぐ。
「ったく、なんで俺が……」
病状ならいざ知らず、患者の素行でここまで困るとは思ってもみなかった。しかし、それはまだ序章に過ぎなかったのである。この先、自分がどれだけ彼について頭を痛めるなどと想像できただろうか。


その日、土方は夜間当直だった。
ちょうど2時を過ぎた頃、ようやく1時間の仮眠休憩が取れた。と言っても急患が入れば叩き起こされるのだが、少しでも眠れるときに眠っておかなければならない。入れ替わりに起きてきた医師の代わりに仮眠室へ向かおうとしたとき、その廊下の途中で女性がひっそりと話しているのが聞こえた。
「だから、駄目だって…今勤務中だもん」
その声は入院患者に充てられた部屋から聞こえてくる。面会時間はとうに過ぎた病室からの話し声を不審に思っていると、目の前で一人の女性看護師が出てきた。その顔は見覚えがあった。本日の夜勤当番の女性だからだ。そう言えば先ほど見回りに行くと言っていた気がする。
「せ、先生ッ…失礼します!」
しかし、彼女は不自然なほど慌てた様子で去っていった。返事をする暇もなく残された土方は、看護師が出てきた病室を見て、大きく溜息をつく。右上に掛けられた名札の欄には問題の『坂田銀時』の名前があったからだ。
病室のドアをスライドさせると、予想通り銀時は起きていた。消灯時間は過ぎているのでベッドサイドの小さな明かりだけが点けられている。この部屋は4人部屋だが、今は銀時のほかに30代の男性が入っているだけだった。彼はすでに就寝していて、小さな寝息が聞こえる。
「あ、先生。どうしたの?」
「もう消灯時間だろ。長谷川さんだって寝てるんだから、お前もさっさと寝ろ」
「………見た?」
銀時は含みを持たせた視線を投げかけた。おそらく彼女のことを指している。銀時の過度のスキンシップに不快感を覚えている看護師がいる一方で、高校生という若い異性に好感を持つ者もいるのだろう。他人の行動に口を挟む趣味はないが、問題となっては困るので一応釘を刺しておくことにする。
「……看護師さんにちょっかい出すのはやめろよ。そのうち訴えられるぞ」
「合意ですぅ」
「嫌がってる人もいるだろーが」
「……そう?渇いた日々に潤いを与えてるつもりだけど」
「彼女たちだって暇じゃねーんだ。ナースコールってのは本当に辛くて助けて欲しいときに押すもんなんだよ」
「………」
「坂田?」
「俺だって辛い」
ベッドの上で銀時は小さく呟いた。子憎たらしい態度はいつの間にか消えていて、微かな光だけに照らされた彼はどこか頼りなげに映る。
「暇なんだよ。こんなとこでずっと寝転がったままで…何にもすることがねぇ」
急にしおらしくなった銀時に、土方は焦った。こういったメンタル面のケアは苦手なのだ。
「そ、それは仕方ないことで……」
「わかってるよ。わかってるけど…俺いつまでこうしてりゃいいんだよ?」
そのまま黙り込んでしまった銀時に、掛ける言葉が見つからなかった。
完治までの具体的な数字を口に出すのは簡単だ。しかし、この少年はそんな返答を求めているのではない。
一番活動的で気力にも溢れているこの時期に、こんな閉鎖的な空間に押し込まれる辛さ、フラストレーションを一身に溜め込んでいる。初めは物珍しさで見舞いに来ていた友人たちも、今は誰も来ない。外部に取り残された恐怖。彼の数々の問題行動は、自分の居場所を確認するためのものだったのかもしれない。
土方は歯噛みした。
医者として怪我を治すことは簡単だ。しかし、自分はこの少年の心を癒してあげることが出来ていなかったのだ。
「……悪かったな」
「え?」
ばつが悪そうに呟いた土方に、銀時も顔を上げた。
「お前がそんな追い詰められてるとは思ってなかったから…」
「…………」
悲痛な面持ちで謝る土方の顔をじっと眺めていた銀時だったが、ふと考えるような素振りを見せたあと、急に蹲った。
「いってぇ!!アーいたたたッ…」
「ど、どうした!?」
「急に激痛が…」
銀時はその身を横たえながら足を押さえた。それは骨折した右足ではなく左足の付け根だったが、不便を抱える右をかばって知らずに、左足に負荷を掛けていることも多い。今後のリハビリにも影響する可能性もあり、土方は深刻な顔をした。
「ちょっと見せてみろ」
出来るだけ強い振動を与えないように左足だけパジャマから引き抜いた。それでも歪む顔に焦りが募る。そっと手を当てて触診をしてみるが腫れを持ったり熱を帯びたりはしていないようだ。
「痛むか?」
これ以上、痛むようならきちんと診察して処置しなければならない。屈み込んで銀時の顔を覗うと、彼は小さく首を振った。
「そこよりこっち」
銀時の手が土方の上に伸ばされて誘導する。その先は付け根よりもっと上、股の中心部だった。
「なッ……」
少し触れただけでも分かる。彼は勃起している。
「ここ熱くて痛ぇの…、せんせー治してくれるよねェ?」
「なにを…」
銀時の言う意味を理解して、土方は弾かれたように手を引こうとした。
しかし、しっかりと掴まれた腕はびくともしない。
「お、おまえッ…冗談はやめ…」
「冗談じゃねぇよ?ホラせんせー」
彼は嫌な笑みを浮かべながら、土方の首へ腕を回してきた。ぐいと引っ張られて、上体を倒される。目先にすぐ、彼の股間がある。
「して♪」
おちゃらけたその口調に、ふつふつと怒りが込み上げる。にやにやと笑う彼に、先程の痛みを堪える表情は微塵も残っていなかった。つまりは演技だ。土方は感情に任せて怒鳴ろうとしたが、銀時がそれを制す。
「こんなところ見られていいわけ?」
「ぐ……お、お前こそ」
「足が不自由な俺と、お医者さんのせんせー。この状況でどっちが無理強いしたか、見る人はどう思うだろうねぇ?」
「………ッ」
土方はちらりと隣を窺った。同室の長谷川は深く寝入っているようだが、この距離では大声を出せばすぐに起きてくるだろう。
土方は瞠目した。
「このまま先生が素直に俺に従ったら、問題なく終わるわけ。俺は絶対他に漏らしたりしないし」
「…本当だな?」
「もちろん」
銀時のその言葉に土方は覚悟を決めた。これでも医師である。他人の恥部を見ることには慣れているし、単純に生理現象だと割り切ってしまえばこちらの羞恥も消えるだろう。
土方は大きく息をついてから、固定されていた右手をゆっくりと動かせた。
「そう……」
満足気に息を吐く少年が腹立たしい。脅迫まがいのことをしておいて、微塵も罪の意識を感じてなさそうなその笑みに、このまま握り潰してやろうかという凶悪な感情さえ浮かんだ。しかし、そんなことをして長谷川に目撃でもされれば、土方の人生は終わりだ。少年に手を出した変態医師として世間から冷たい視線を浴びることになるのだ。
「直で触れよ」
「なにをえらそうにッ……」
「あー、そんな態度でいいの?」
「く…」
忌々しく眉間を寄せて、土方は唸った。
しばしの躊躇ののち、乱暴な手つきで銀時の性器を取り出す。職業柄いくら人間の身体を見慣れていると言っても、勃起した他人の男性器をまじまじと見る機会なんてあるはずもなく、土方はそのグロテスクさに眩暈がした。
「あー、きもち、いい…」
「そーかよ」
心底、気の抜けた声音にイラつきは更に増す。しかし、土方の吐き捨てるような返答にすら気を良くした銀時は上体を起こして耳元で囁いた。
「もっときもちよくして…」
まるで妖艶な女が男を誘うような文句だったが、彼の場合、それは土方を縛る命令だ。優しげな口調とは正反対に、伸ばしてきた腕は無理矢理土方の身体を引きずり込む。後頭部を股間の前へ押さえつけて、冷酷な言葉が紡がれる。
「舐めて」
「………ぐ、」
土方は羞恥と屈辱に目の前が真っ赤に染まるような気がした。ベッドの上の少年は拒む身体を力で蹂躙しようとしている。
「いいのかねぇ?おーい、はせ…」
「わかった!わかったから!!」
隣のベッドに眠る男の名を呼びそうになっていた銀時の口に手を当てる。嫌々ながらも承諾した土方に彼は蟲惑的な笑みを浮かべ、その掌をべろりと舐めた。
「ッ!」
「は・や・く」
「くそッ…」
年齢的には少年と言っても、身体のつくりは最早大人のそれである。勿論、性器もしっかりと成長していて、自分のものとなんら変わりがない大人の形をしている。土方は気味悪さを覚えつつも、おずおずとその熱を口に含んだ。
当然だが初めての行為である。反射的に出た嗚咽を飲み込む。息苦しさと気持ち悪さで、視界に涙が浮かんだ。
「ぅ、…そう」
拘束のために掴んでいた後頭部の手が、褒美をやるかのように優しく土方の髪を撫でる。そんなことをされても全然嬉しくないが、押さえつけられるよりかはマシだ。無いも言わずに好きにさせた。
「はっ、せんせー、うまいね…。誰かに、したこと…あんの?」
屈辱的な言葉に、土方は頭上の少年をぎろりと睨む。
「ははッ…ごめん。んな睨むなって……興奮するじゃん」
銀時の不穏な台詞にも、土方は動じなかった。早く終わらせたいの一心である。脅迫、医療行為、嫌がらせ。割り切ってしまえば、性的なこの行為も何の臆面もなく施すことが出来た。裏筋を舌先で辿ると、浮き出た血管が脈打つ。添えていた手をスライドさせつつ、強く吸うと先端からじわりと先走りが零れる。同じ男として、銀時の限界が近いことが窺い知れた。
早く終わって欲しい。
「あ、いきそ…」
先程の人を舐め腐ったような口調ではなく、射精を前にして快感に震える声音は、どうしてか土方の快感も揺さぶった。
「ん、ん……」
自分の頭に回された手は、横にずれて、耳朶に優しく触れる。耳なんて感じたことなかったが、むずむずするこの感じはおそらく性感なのだろう。指先が形をなぞるように何度も触れて、背筋を何かがゾクゾクと駆け上がった。
「せんせーも、一緒に、な」
手を払い除けなかったことに気を良くしたのか、彼は上体を軽く起こして、屈む土方の下半身に顔を近づける。
「え…?」
土方が気付いたときには、銀時は器用に口でファスナーを下ろして、そこから性器を露出させていた。
「あ、…ッなに?」
土方の性器は軽く勃ち上がっている。恥辱に塗れたこの行為に無意識のうちに興奮していたというのだろうか。こんなあからさまな反応では嘘も吐けない。
「俺もやったげる」
彼は左足を固定されているにも関わらず、身体をくの字に曲げて土方の性器を咥えた。予期していなかった快感に、土方は一度バランスを崩しかける。へたへたと座り込みそうになる腰に少年は腕を回して、更に土方を追い上げる。
先程とは完全に立場が逆転してしまった。
「ぁ、あっ…」
「コラ先生、しっかり立てって。舐めてあげらんねーじゃん。こっちに乗ってもいいからさ」
銀時はポンとベッドの上を叩いたが、土方が従うはずもない。しばらくして痺れを切らした彼が両腕で土方の身体を引き上げた。本当に病人かと思うほどの力だ。
「ホラ俺のも続けて」
「ん、ぅ…ッ」
快感に侵された頭では冷静な判断をすることが出来なかった。土方は言われるがままに、銀時の性器を無心に愛撫する。土方が強く激しく口淫をすれば、お返しとばかり銀時も愛撫を返してくるのだから、ますますのめり込んでしまう。
土方は今自分自身がどれほど淫らな行為をしているか分からなくなっていた。
「せんせー、ココぴくぴくしてる…。イきそう?」
「ン…、ふぁッ…」
「いいよ、飲んだげる」
熱に浮かされたような彼の声が聞こえて、あ、と思う間もなく下半身に衝撃が走った。びりびりと身体が痺れ、目の前が白く染まる。慣れた感覚のようで、まったく違う。
「あ、ぁッ…い、イク…」
土方の大きく反らした喉から、引き攣った声が零れる。全身の筋肉が一気に硬直して、限界で弾けた。
「ん…」
「は、ぁ…、はぁ…」
「おええ、苦ェ…!溜まってたんじゃねーの?せんせー」
射精による余韻で、土方は銀時の軽口にも反論することも出来なかった。ぐったりと力の抜けた身体がまるで別人のようだ。
「そんなに良かった?」
「ッ、…ん」
調子に乗った彼は、射精した土方をまだ弄んでいる。じわじわと蘇る性感に身を捩ると、銀時は意地悪そうに笑う。その表情が気に食わず、今度は手荒く彼の手を遠ざけようとすれば、逆に掴まれて再び股間に持っていかれた。
「今度は先生が飲む番な」
想像したくない言葉に土方がきつく睨みつけても、彼の笑みは消えることがなかった。それが当然であるかのように、優しい表情を土方へ向け続ける。跳ねつけたいのに、今の土方にはその手段がない。ぐいっと力強い腕に引き寄せられて、土方は諦観の溜息を吐いた。
再び彼の性器を口に含んで、射精を促す。
「あんま長くもたねーから…、スグ…」
開きっぱなしの口から唾液が伝う。いやらしい水音が消灯後の病室に、やけに大きく響く。唾液と先走りで口元がべたべたになろうとも、土方は一度も止めることなく、頭を動かし続けた。
「…あ、もう駄目だわ…」
「ん、んんッ……」
「飲めよッ…!」
「ぐ…」
喉奥に熱い奔流が叩きつけられる。咽返りそうになったが頭を押さえつけられて逃げることも叶わない。土方は何度も襲う嘔吐感を抑えつけてそれを飲み込んだ。
「げほっ…けほッ…!」
嚥下してもなお、口内に広がる苦味に咳き込む。酸欠になりかけている土方の隣で、諸悪の根源はへらへらと笑っていた。
「ごめんごめん。でも気持ちよかった」
銀時は蹲る土方の頭をずっと撫でている。先程はあんなに強く押さえつけていたくせに、フォローのつもりだろうか。恋人にするかのように、優しい言葉とともに、口付けが落とされた。
「…ッ!?」
それは初めての口付けだった。単なる嫌がらせの性欲処理だと思っていた土方は、激しく動揺してしまう。
「な、何…」
「ん?だってちゃんと治してくれたし。もう腫れてませーん」
「ばっ…馬鹿か!見せんなッ…」
冗談めいた銀時の口調に、土方も正気に戻る。乗り掛かっていたベッドを慌てて降り、乱れた衣服を整えた。
何をしているんだろうか。後悔と羞恥ばかりが頭を巡る。
「絶対誰にも言わねーから、そんな顔しないでくんねぇ?」
「そんな顔って…」
「傷ついた顔。俺がさせてるの、ちょっと罪悪感」
同じように着衣の乱れを直していた銀時は、まだあどけなさの残る顔でそう告げた。
拗ねたような口調。それは行為の始まる前、入院のストレスに押し潰されそうになっているときと同じだった。
「…わかってる」
ストレス解消にこういうことをするのは許されないが、その気持ちを理解できないこともない。土方は静かに銀時の頭を叩いた。
「もう看護師さんに迷惑かけんじゃねーぞ」
「うん」
彼は意外と素直に頷いた。
腕時計を見遣れば、もう休憩時間がほとんど残っていない。仕方ないと土方は溜息を吐くと、病室を後にした。
「せんせー、ありがとう」
背に掛かる、少年の声を聞きながら。







「……以上!」

廊下を歩く土方の足音が完全に聞こえなくなって、残された銀時が口を開いた。
すると今まで物音一つしなかった隣のベッドから、もそもそと何かが動く音が聞こえる。直後、仕切っていたカーテンが開かれ、そのベッドの所有者である長谷川が困惑した面持ちで顔を覗かせた。
「銀さん…、話違くね?」
「仕方ねーだろ。看護婦さん、拒むんだもん。それよりちゃんと撮った?」
「……まぁ」
長谷川が差し出したのは、家庭用のビデオカメラだった。
「ふんふん。思ったより綺麗に撮れてんね」
カメラのディスプレイをチェックしていた銀時は、満足そうに笑う。その隣で長谷川はぶつぶつと愚痴を零している。当初、ふたりの計画では銀時の誘いにまんざらでもなさそうな看護師とのプレイをビデオに納めるはずだったのだ。
「ナースプレイっつうから、起きてたんだぜ。男撮ってもどうしようもねぇよ!」
「ん〜そうでもねぇよ?」
粗方チェックし終わると、銀時は長谷川にカメラを返す。
「ああいうタイプは、脅迫したらすぐ言うこと聞いちゃうから。次、もっと凄いの撮ればいいじゃん。顔もいいし、そっち方面に高く売れると思うけど」
彼は伸びをするようにベッドに身体を横たえた。吐精の気だるさもあり、すぐそこまで睡魔が迫っている。うとうとと船を漕ぎ始める銀時に、長谷川が掠れた声を出す。
「……あ、あんた、そうとう酷い奴だな」
「何事にも興味津々な多感なお年頃なの♪」
銀時はそれだけ言うと、睡魔に意識を明け渡した。


春日 凪





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