日が暮れて、街の至る所でキャンドルが掲げられる。教会ではミサが開かれ、変声期前の少年たちが澄んだ歌声を響かせていた。そんな街全体が神聖な空気に包まれた夜、西の外れにある一件の屋敷から、キャンドルの揺らめく淡い光に彩られた街並を見つめる一組の人影があった。
「街が綺麗だなー」
ふたりのうち、この国では珍しい銀の髪を持つ男が口を開いた。
「俺、この日好きなんだよ。ケーキも食えるし」
「…お前がそれを言うか?」
片割れの男は、窓からの風景に視線を外そうとしない銀髪に呆れた視線を投げ掛けた。明度を落とした照明下でも映える銀髪と鋭い赤眼は彼が人ではないことを指している。本来は闇に身をやつし、人間から忌まれるべき存在――そう吸血鬼なのだ。
今となっては吸血鬼の存在は伝説に過ぎない。彼らはいつのまにか時代から姿を消し、古い書物の中でしか存在しない架空の生物となっていた。
「だから、吸血鬼って言ってもほとんど人間と変わらねーんだって。別にクリスマスだからって苦しいわけでもねぇし、なんならミサにだって出れるぜ?」
衰退の一途を辿っていた吸血鬼一族がとった行動は、人間との共存だった。もちろん拒絶反応で死に至った仲間も多いと言う。それでも長い時を経て、目の前の男はなんら人と変わりない体を手に入れていた。
「苦しい、苦しくないの問題じゃなくて悪目立ちするだけだからやめろ」
伝承上では十字架を苦手としている吸血鬼が、教会に参拝しているとは誰も思わないだろうが、それを差し引いても、あの銀髪は目立つ。面倒事はないに限る。
「だってせっかくの聖夜、家に籠もってるのもったいなくね?」
「そう不満を言うから、俺がケーキ買ってきてやったんだ ろーが」
不思議なことに彼は甘党で何かにつけて生菓子をねだる。ケーキ屋の商戦だとわかっていながらも、今夜は白くデコレーションされたそれを買わざるをえなかった。
「……まぁ、もちろんケーキも甘くて美味いんだけど、それより甘いモノが欲しいなぁ。なあ、土方?」
そう言って、にやりと口角を上げた銀時の鋭い犬歯が見える。その光景に背筋がぶるっと震える。それは恐怖心からでもあり、あの牙が与える甘美な快感を思い出してでもあった。
「期待してる…」
それはもはや問いでなかった。壁にしなだれかかるように立つ吸血鬼は、土方が僅かに見せた欲への渇望をしかと見抜いている。
「く、……」
「来いよ」
銀時は壁に凭れたまま言った。あちらから仕掛ける気はないらしい。こういうところも本当に意地が悪い。長年生きているからだと彼は言うが、絶対生粋の性悪だと思う。
「………」
土方は無言のまま、銀時との距離を詰める。あと1mを切ったところでぐいと腕を引かれ、彼の腕の中に閉じ込められた。
「っ、…ん」
性急に襟元を寛げられて舌で嬲られる。まるで消毒だと言わんばかりに、丁寧になぞられた。吸血行為は人間へ快楽を与えるが、こういう戯れに感じる緩やかな快感もあやかしがみせる錯覚なのだろうか。ちゅっと強く吸われて背筋が震える。
「も、いいから…」
思わず強請るような言葉が零れて、土方は羞恥に消え入りたくなった。だが、自分から近付いた時点で銀時にはバレている。
「メリークリスマス。今夜は特別な夜にしてやるぜ」
「萎える台詞だな、それ」
特別なのはお前の方だろう、と視界に入ったケーキの箱を見て思った。


春日 凪





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