大学進学を機に実家を出た坂田銀時は、キャンパス近くのマンションで一人暮らしをしている。築10年のワンルーム。多少手狭な感はあるが、日々の生活にこだわりのない銀時にしてみれば充分だった。布団が敷ければそれでいい。それに狭い方が何かと都合がいいのだ。勿論、夜のあれこれに関して。
「あ、ゴムねぇや」
一人暮らしの特権は、気兼ねなく恋人を連れ込むことが出来る点だと思う。ホテル代も浮くし、親の目も気にしなくてもいい。銀時もまた健全な青少年らしく、自由気ままな一人暮らしライフを満喫していた。
「あ?買ってこいよ」
ただし、連れ込む相手が女ではなく男ではあったが。



敷かれっ放しの布団の上に寝転がっている彼の名は、土方十四郎。銀時と同じ学部に所属する同級生で、れっきとした男性である。
銀時が彼とどうしてこんな関係になったのかは時間の都合上割愛するとして、今、彼らが直面している由々しき問題は夜の営みの必需品が切れていたということである。
「え、俺が?外寒いじゃん」
「俺だってこんな日に出たくねぇ」
この日、関東は大規模な寒波に見舞われ、洒落にならないぐらい冷え込んでいた。なかなか暖まらない部屋で寒さに身を寄せ合っているうちにこんな展開になってしまったのだから、寒さの威力は当の本人たちがよく知っている。
「角のコンビニなんてすぐだろーが。2分も掛かんねーだろ。ついでに煙草な」
「そう言うならお前が行けよ!っていうか、あそこで買うの!?俺、ほぼ毎日利用してんスけど!」
「おお、常連なら割り引いてもらえ」
「出来るかァァァ!!」
そのままふたりは半裸のまま壮絶な攻防戦を繰り広げ、結果ジャンケンで負けた銀時が買いに行く羽目となった。ちなみに舌戦を繰り広げている際に隣人から苦情の意味合いが込められた壁パンチを頂戴している。
「ちっくしょー、せっかくあったまってきたつうのに…」
「はよ行け。煙草が切れる」
ダウンジャケットを着込み、出陣の準備万端となってもなお玄関先で立ち止り文句を零し続ける銀時に、土方は無情にも足蹴で特攻を促す。その顔にはどこか楽しむ色が見て取れて、銀時はいっそう苦虫を噛み潰したような表情となった。
「お前俺が帰ってきたら暖房消してあったとかいう展開だけは止めろよ」
「ネタ振ってるところ悪ィが、それは俺が寒い」
「振ってねぇよ!マジでしやがったら、タマ握り潰してやっからな!!」
「その前にてめーの噛み切ってやんよ」
「…………」
「…………」
お互いにうっかり口走った惨劇を想像して身を震わせたふたりは、微妙な雰囲気のまま小さく「いってきます」「いってらっしゃい」とだけ言葉を交わした。



数分もしないうちに、部屋の外の廊下を歩く音が聞こえた。コンビニまでは往復で5分も掛からないため妥当と言えば妥当な時間だ。土方がのっそりと身体を起こすと、丁度ドアが開き、顔を真っ赤にした銀時がこの部屋を出るときよりもさらに機嫌が悪そうな顔をして現れた。
「おめーのせいだ」
そして開口一番、そんなことを言う。ジャンケンで負けたのは銀時に運がなかっただけで土方は関係ない。わけがわからなくて顔を顰めると、銀時はコンビニの袋をずいっと差し出した。
「今日、バイト結野さんだったんだよ!!ありえねー!マジで終わった!」
袋の中身を見て「ああ」と納得する。こんな時間にコンビニでコンドームを買うのは、これから使いますと言っているようなものだ。そして運悪く、そのレジを担当したのが、日頃銀時が可愛いと言っていたバイトの女の子だったというわけだ。
「絶対オンナいると思われた」
「普通は思うだろうな。まさか男とは思わねぇだろ」
「そういう意味じゃねぇわ!」
盛大に溜息を吐く銀時を放置して、袋の中から煙草を取り出す。袋にはゴムの他にもカモフラージュのためか酒や菓子が入っていたが、銀時の好むような甘い菓子では、さらに女の影を色濃くして逆効果だっただろう。レジで固まっている銀時を想像して噴き出す。
「…お前、俺がフリーズしてるところ思い浮かべたろ?」
「おお、当たってる」
「けっ…」
無遠慮にけたけたと笑う土方の隣に腰を下ろした銀時は、袋から缶ビールを取り出すと自棄気味に一気に呷った。袋の隙間から買い出しの目的だった小さな箱が覗いている。だがそれを見てもアルコールで体温こそ上昇はしたが、下半身の熱だけは戻りそうになかった。落ち込んでいるというよりかは妙に緊張して疲れただけだが、男は意外と繊細な生き物なのである。
「俺、傷心で萎えたわ…」
「そーかそーか、じゃあ仕方ねぇな」
この期に及んでなどと土方に馬鹿にされるかと思ったが、意外にも彼はすんなりと引いた。が、その笑みに嫌な予感が走る。
「何でお前、そんな嬉しそうなの…?」
恐る恐る尋ねてみれば、土方はコンドームの箱とレシートを手ににっこりと笑った。
「いらねーから返してくるな、コレ!」
「―――いやああああ!!」
このタイミングで返品などされては、銀時が今誰と一緒に居るか丸分かりである。こんな夜中に男と一緒に居てコンドーム。ひとつの答えを導き出すのはそう難しくない。
「だから、俺あそこマジで利用するんだって!!」
変な疑惑を持たれたまま、平然と利用出来るほど神経は図太くない。これは可愛い店員さん云々ではなく、すべてをひっくるめて勘弁してほしい展開だ。
「いや、でももったいねーじゃん。お前金ねぇって言ってたし」
「じゃあ俺が行ってくる!よーし、銀さんが高速で行ってくるから、それ渡しなさい」
買ったコンドームを返品しに行くという時点で既に羞恥プレイもいいところだが、背に腹は代えられない。だが、土方がこのくらいで納得するはずもない。悪魔のような笑みを更に深めて答える。
「何言ってんだよ、せっかくあったまっただろ?二度も外に行かせるのはさすがに俺の良心が痛むわー」
完璧にこちらの反応を見て遊んでいるのだ。優しい言葉を並べつつもにやにやと意地悪く笑う土方に、細い銀時の堪忍袋の緒はぷっつりと切れた。
「何が良心だ、コノヤロー!!てめー俺が笑い者にされるの見てぇだけじゃねぇか!」
「ああ?そうやって人の優しさを疑うことしか出来ねーのかよ。器が小せぇな!」
「そりゃてめーだろうが!人に買いに行かせといて、それかよ!お前、性格心底悪ィぞ!最低野郎め」
「よーしよし、そんな最低野郎の俺とはセックスなんで出来ねぇな。うん、返しに行ってくる」
「うがああああ、待てやこらあああ!!」
ヒートアップする口喧嘩に、隣人が壁を叩いて文句を言うも罵り合うふたりには全く聞こえないのだった。

こうして寒い夜は更けていく。

春日 凪





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