廂を叩く雨音は一向に止む気配がない。土方は民家の軒先でゆったりと煙草を煙らせていた。
先日の梅雨入り宣言から向こう、江戸の空は重い雨雲に覆われて太陽は久しくその姿を見せていない。この季節、外に出るのが億劫になるのは我らが真選組も同じのようで、半ば押し付け合うように回ってきた見廻りに、土方は溜息を吐きながら屯所を後にした。
それが丁度正午を過ぎたあたりの話だ。
朝からの雨に町を歩く人々の数も日頃に比べて少ないような気がした。傘を叩く雨音が人々の話声をぼんやりと包み込む。霧掛かった視界と耳の遠くで聞こえる話声。それは、いつもの騒がしい風景を何処か神秘的にさせていた。
とは言っても、所詮はかぶき町。雨音に混じる女性の悲鳴と水飛沫を上げて駆ける男の姿に、雨の日の情緒は一瞬で掻き消される。無粋な野郎だと舌打ちを零し、傘を放り投げる。おそらく1時に差し掛かろうかというときだった。
ひったくりを捕まえて、近くの交番へ引き渡した頃には土方の身体はすっかり濡れていた。だが、パトカーで送ると言う同心の申し出は断った。そうして再び雨空の街へと戻る。真選組副長という肩書に対する過剰な反応が煩わしかったのもある。それともう少し雨の感覚を楽しみたかった。
湿った煙草を咥えるだけに留め、土方はぶらりとかぶき町の街を歩いて廻った。そして一軒の煙草屋の前で足を止める。濡れて吸えなくなった煙草を捨て、新しいそれに火を点ければ灰色の毒がじわりと胸に沁みた。
廂を叩く雨音は今も続いている。腕時計を見れば3時を過ぎたところだった。そろそろ頃合いか、知らず口角が上がる。
けぶる景色の向こうに白い裾がはためいた。涼しげな流水柄も今日は水を吸って何処か重そうに映る。使古したボロ傘を差して歩くひとりの男はパチンコ屋の名前が入った袋を抱えていた。勿論、中身はすべて甘ったるい菓子ばかりだ。
「ヨォ、ちょうどいいところに来た。ちょっと入れてけ」
そう言って踏み出す土方の足元にはいくつもの吸殻が雨に濡れて転がっていた。
春日 凪