<11>
暖冬だなんだと言われていたはずが、急に冷え込んだ江戸の街に土方は舌打ちを零した。
仕事に忙殺される日々では、ろくに衣替えなんて出来やしない。いつもの隊服を着ただけの身体は芯まで冷えて、見回り先のかぶき町で盛大なくしゃみを零した彼をチャイナ服の少女はくすりと笑った。
薄着の土方とうってかわって、神楽はとても暖かそうな格好をしている。
ファーの耳あて、赤いマフラー、ピンクのミトン手袋。その凶暴性を中に秘めて、今日の少女はとても可愛らしい。その笑みが土方に対する嫌味だとしても、大人げなく怒るのも気がひけるぐらいだ。
「寒そうアルな」
「………別に」
強がりもすぐに嘘だとばれる。すすった鼻はきっと彼女の髪のようにピンク色をしているのだろう。
「仕方ないアル。これ使えヨ」
吐き出された台詞とともに渡されたのは、少女のマフラーだった。
「は…?」
「寒そうだから貸してやるヨ。感謝するヨロシ」
土方がそれが好意だと気付くのには時間が掛った。神楽とそこまで友好的な関係とは言えなかったし、性格がどうであれ女の子である彼女が可愛らしいマフラーを手渡すとは思わなかったのだ。
「いや、でも俺には……」
ただ彼女の好意はありがたいが、少女趣味のマフラーを巻くには抵抗がある。土方が戸惑っていると、神楽は有無を言わさない力強さで首へとマフラーを巻き付けた。
「ぐえ…!――ちょ、ちょっと待てっ…」
土方が呼び止める隙もなく、彼女は跳ぶように駆けて行ってしまった。
「……ハァ、何だったんだ?」
しばらくして首元がやけに寒そうな銀髪の男と、愛らしい格好には似合わないよれよれのマフラーを巻いた少女の姿を見掛ける。
そのとき初めて土方は小さいがかなり手強い恋敵の存在に気付くのだ。
春日 凪
<12>
見上げると空は桃色に染まっていて、ようやく季節の巡りを知る。「ああ、今年もそんな季節か」と感傷に浸ってみたところで、年を重ねるごとに早くなっているような気がする月日の中では、これといって鮮明に思い起こせる出来事がなかった。
春も、夏も、秋も、冬も。
仕事が出来るとは言い難い上司をサポートし、悪戯の範疇を超える悪さを仕出かす少年に振り回され、役に立たない部下を怒鳴りつける。時に愚痴を零して酒に溺れる。
典型的な湿気た男の毎日だ。
けれど。
春は桜、夏は花火、秋は月、冬は雪。
そんな言葉を口にしてふらりと酒瓶を持って現れる男は、乾いた日常にひとしずく潤いを落として行く。
年に数える程度のささやかな宴は、いつもは記憶の中に埋もれて姿を見せることはないけれど、巡る季節を、重ねた年月をそっと教えてくれる。
「よォ、夜桜を肴に一杯やらねぇか?」
「ああ、今年もそんな季節か」
春日 凪