「きっと逃げられないと思うよ」
こういう状況で無駄に余裕のあるあいつに腹が立つ。
「今まで経験したことがないくらい、気持ちいいから」
「相手が俺だから」
それはどこからくる自信なのか、問いただしてやりたいところだったが、結局こちらが不快な思いをするだけの様な気がして止めた。千石は調子がよくて、だらしなくて、アホで、俺様に比べれば全てにおいて何段も劣る奴だが、世の中には物好きもいるようで、山吹だけにとどまらず都内の学校の女どもからよく誘われているらしい。別段羨ましくも何ともないが、それを武勇伝のように話すであろう千石が、最高に不愉快な気分にされるであろうから止めるのだ。
「経験の数を言ってるんじゃなくて。まぁ、どっちかってーと少なくはないけど。それなりに。跡部くんだって相当遊んでるでしょ?」
周りを凍らせるような冷たい睨みもさらりとかわして、千石はにやりと笑った。別にそんなところをフォローして欲しかったわけじゃない。俺のことを想うなら、さっさとどきやがれ。ますます不快感は増して、忌々しく舌打ちをする。
「でも今までのどの子より、きっと気持ちいいから」
最後は囁くように言った。甘さが含まれた台詞は、熱い吐息と共に俺の耳を擽る。千石の顔が近づいて、逆光で表情が見えにくくなった。目に映るのは、いやらしく上げられた口角だけ。俺の視線の先を知って、千石は獲物を前にした獣のようにぺろりと唇を濡らした。それはこの先にあるであろう快楽への渇きを抑えるための仕草であり、なまじ同じ男としてその状況が理解できるからこそ、一層リアルに思えてくる。濡れて艶めかしく光る唇が俺の名を紡いだかと思うと、それは俺の唇と重なっていた。
「はっ、……ふ、ん」
吐息を飲み込むような深い口付けに翻弄される。快感を擽られるというよりかは、うまく息をつげないことが苦しくて、息が上がっているだけだ。キスは何度かしたことがあるが、その先の性行為を暗示した深いものは初めてだ。千石も俺も、周りに集まってくる女は少なくない。身体を繋げるならば、自然の摂理である男と女の方が、断然やりやすい。わざわざ苦痛や苦労を伴って、男同士でセックスする必要など無いと、お互い考えていたはずだった。
「俺は何も言ってないし」
少し怒気を孕んだような声を発しながら、千石は手際よく服を脱がしていく。別に裸を見られることに恥じらいなど無いが、このまま奴の好きなようにさせる理由もないため、一応制止の声をかけた。
「俺は前から跡部くんとシたかったよ?」
もちろん声の注意だけで千石が止まるはずもなく、忙しなく動くその手はあっという間に下半身のベルトに掛かる。
「………」
「跡部くんは何もしなくていいから。気持ちよくなってたらいいよ」
「あぁ?さっきからずいぶん自信ありげだな」
「はは、確かめてみなよ。跡部くん、腰浮かせて」
ズボンは既に前をくつろげられて、ぐいぐい下へと脱がされかかっていた。素直に腰を浮かして邪魔な制服を剥ぎ取る。中途半端になった靴下が気持ち悪くて、半身を起こして自分で脱いだ。
「何、やる気になってくれた?」
その一連の動作をにやにや見ていた千石は、だらしない表情そのままのいやらしい声のトーンで聞いてくる。耳障りだな、と思った。行為の最中に喋るのはあまり好きじゃない。無視していると、千石も気にした風もなく、再びのし掛かってきた。
「絶対、気持ちいいから。あとべくん」
それはまるで暗示をかけるような、甘い囁きだった。男の顔をした千石は、不本意ながら魅力的で、素直に心を打った。胸の内に燻る劣情を揺り動かされ、衝動的に口付ける。積極的に舌を絡めながら、俺もたどたどしく千石の服を脱がした。
「うう、ン……」
足を割って滑り込んだ千石は、体重を掛けて固定してくる。股を大きく開かれる形に、それなりの羞恥心を感じたが、ぶつかった膝頭で器用にも与えられる刺激に閉口するしかなかった。じれったい愛撫は性に合わない。もっと直接的で決定的な刺激が欲しい。
「…ハッ、そんなもんじゃねェだ、ろ?」
「もちろん」
嬉々として俺の挑発に答えた千石は、くるりと身体を反転させ、下半身をこちらへと向けてきた。それの意図するところが分かって、一気にやる気が失せる。奉仕されるならともかく、俺が千石にしてやるなど考えたくもない。その旨を伝えると、不服そうな声が下から聞こえた。
「して貰うだけじゃ女の子と一緒。俺とセックスするんだから、ちゃんと舐めて」
俺の股間に顔を埋め、こちらへと尻を突き出している不格好なポーズにもかかわらず、千石の言葉には有無を言わさぬ強さがあった。それでも渋っていると、痺れをきらした千石が先に舌を絡めてくる。根元から先端へ向かい、そして裏筋へ一通り舌を這わすと、何の躊躇もなく口に含んだ。生暖かい粘膜は、一気に快楽を増長させる。ぶわ、と身体の奥から脳天に血が上っていくのを感じた。
「っ、あぁ…」
一瞬で視界が潤んで、顔が熱くなる。まだ緩く先を擦るだけの動きに、何故か全てを持っていかれる。乗し掛かる重みと、触れる筋肉質の肌と、添えられる手の大きさと、全ては相手が男であると主張して止まないのに、与えられる刺激は経験したこともないほどのものだった。
「ふ、くぅ。…ん、んん」
洩れる息が悔しくて唇を噛んで耐えていると、千石が顔だけこちらへ向けて笑った。
「声出したくないなら、俺の銜えて」
ぐいと押しつけられたそれは、先程より質量を増していた。表情と口調は涼しげだったものの、こいつも欲情していることを感じて、ほっとした。俺ばかりが翻弄されているわけじゃない。そう思うと、胸のあたりがジワリと熱くなる。わけのわからない感情に突き動かされ、俺は千石のモノを銜えた。
「ん、ふッ。…ぅん」
千石が言うように声は出なくなったが、隙間から洩れる息が嬌声よりいやらしく聞こえる。自分の痴態に更に煽られて、俺は夢中になって快感を追った。千石もようやく焦らすのを止め、本格的に舌を使ってくる。きゅう、と強く吸われると、感電したように腿の内側が細かく震えた。脳味噌がどろりと溶ける。千石が与える刺激だけが身体を支配して、何も考えられなくなった。
「んっ、ぁあッ。も、でる……」
強烈な快感に思わず口を離して上げてしまった嬌声を、千石は聞いただろうか。目の前が真っ白に染まって、未知の感覚に支配された。
「あ、あ、あ…」
断続的に襲ってくる快感は、びくびくと放出に震える身体を容赦なく蹂躙する。単なる射精ではない何かが、そこにはあった。不本意ながら、千石の言ったとおりに今までで一番よかった。
「気持ちよかったでしょ?」
口元を拭うその姿で、自分が千石の口の中に放ってしまったことに気付く。趣味が悪いと罵りたかったが、未だ息の整わない身体に嫌気がさして、適当に相槌を打っておいた。途端、機嫌がよくなる千石はやはり馬鹿だ。
「続き、するよ」
俺に許可を取っているのではなく、念押しだった。もうどうにでもしてくれと、目を閉じた。
一度外れてしまったタガは、元には戻らない。体内で蠢く他人の熱に翻弄され、自我の崩壊を感じた。気が狂うほどの快楽とは、こういうことを言うのだろうか。繋がっている下半身の感覚はもう無くなっていて、腰の当たりからじんわりと快感だけが溢れ出ている。すべての感覚器が、千石だけを感じていて、その不気味さに背筋がぞくりと震えた。
「俺だけ」
こちらの心を読んだように千石が呟く。
「…俺だけ、だよ」
「あぁっ!」
ぐるりと体勢を返されて、中を掻き回される。痛いのか気持ちいいのか、自分には判断が付かないが、ふるりと震える中心に自分が感じていることを知る。
「気持ちいい、でしょ…?」
体中の熱が集まって、硬く屹立するそれに指が伸ばされた。二、三度扱かれてきゅうと無意識に腹筋に力が入る。
「好きな人に、触れられるの、すごく、気持ちいいでしょ?」
一言一言、まるで自分に言い聞かせるように千石は言った。
「俺だから、気持ちいいんだよ…」
至近距離で囁いて、そのまま口付けられる。ふつふつと沸き上がる感情に、何故か泣き出したくなった。どろどろに溶けた二つの身体は境界線などなくなってしまったように、ぴっちりと隙間無く埋め合う。落ちてくる千石の汗の滴が、俺のと混じった。
「せ、んごく…」
「あとべくん、すき…」
「あ、ふぁ…、ん」
「好きだよ、あとべくん」
譫言のように繰り返された愛の言葉は、何よりも俺の心を揺さぶった。
春日 凪
初めてなのに甘くないのが萌えです。