山崎が持ってきた報告書には、『坂田銀時』の4文字が並んでいた。
「副長が言っていた男ですが…どこかの組員というわけではないようです」
「みたいだな…」
土方はありきたりな事項しか書かれていない書類を机の上に放り投げた。山崎の調査は折紙つきだ。彼が調べて何も出てこないのだったら、それは事実なのだろう。しかし、偶然の一言で片付けるにはあまりにも不可解すぎる。土方は自ら真偽を確かめるべく、その腰をゆっくりと上げたのだった。
そうして捕まえた男は、一般人と呼ぶには肝が据わりすぎていた。敵の本拠地とも言えるこの場所で、彼は飄々とした態度を崩すことなく、こちらが用意した生菓子を嬉々として食している。何を企んでいるのか、何の理由があってか、一切が闇の中のこの状況は、同業者との小競り合いより性質が悪い。
利権が絡んだ争いのほうが単純明快で動きやすいものだ。
「彼女を知っているな」
土方はずずと紅茶を啜る銀髪の男に一枚の写真を差し出した。既に平らげてしまったケーキの乗っていた皿を名残惜しそうに見つめていた銀時は、机上に置かれた写真に目を遣るとこともなげに女の名前を口にした。
「あー、ゆいちゃん」
「じゃあ、こっちは?」
「アンナちゃん」
「なら…」
「蛍ちゃん」
言うまでもなく彼女たちは組が管理する風俗店で働く女性たちだった。
「どうして知っている?」
「付き合ってるから」
「ふざけんな!お前が真選組を狙ってやってんだろうがよォォ!?」
「生きて帰りたくねーのかぁ、アア?」
「静かにしろ」
落ち着き払った銀時の態度が癪に障ったのだろう、血の気の多い若い者はさっきから声を荒げている。土方自身、凄んでこの男が全て吐くなら、とうにそうしている。しかし、こちらがいくら凄んで見せても、彼はあの流水のような態度ですべて煙に巻いてしまうだろう。実際、周りが騒ぎ立てても銀時は怯えることもなく、その銀糸を指先で弄んでいる。
「そんな風に言うけどね、アンタたちだって惚れた女ぐらいいるでしょーよ」
「アア?」
「好きな女が水商売してるの嫌じゃね?だから俺は出来るだけ店に入らないようにしてもらったわけ。別に売り上げを減らそうとか思ってません」
「ッ…!嘘ばっかついてっと殺すぞ、オラァ!!」
「いい加減にしろ」
土方は更にヒートアップする部下に一喝した。
「静かにしろと言ったのが聞こえなかったか?」
「で、ですが副長!」
「俺がこいつと話してるんだ。お前らは黙ってろ」
そこまで言い切ると、室内がやっと静かになった。その中でも銀時はやはり表情を変えない。気の抜けた顔でこちらを見ている。土方はひとつ咳払いをすると、再び彼へ向き直った。
「お前がどんな恋愛をしようが自由だが、何もこんなに多くの女と付き合う必要はないんじゃねぇか?」
「副長さんも見た目どおり堅いね。愛する人は一人じゃいけないって誰が決めたのよ?」
かたんとティーカップがソーサーへ戻される。こちらを見る男の目は冷えていて、とても愛を語るときの表情ではないと思ったが、精神論を話していても決着はつかない。一向に進まない話に苛立ちばかりが募る。きりと唇を噛んで初めて、土方は今日煙草を吸っていないことに気付いた。
「差し出がましいですが、貴方の行動は何か意図していると思われても仕方ないです。トップの引退は珍しいことではありませんが、こうも続くとこちらとしても動かざるを得ないですから」
空いたカップに紅茶を注ぎに来た山崎がやんわりと告げた。すかさず2杯目を勧める隙のなさはさすがだ。土方も恋愛論を聞くだけで終わらせるつもりなどない。
「煙草、いいか?」
「どうぞ」
一応、断りを入れて煙草に火をつけた。ゆったりと紫煙を吐く。
「で、どうしろって?」
目の前の男も察しがいい。注がれた紅茶に再び口をつけて、たゆたう煙のようにふわふわと構えている。
「どうしろも、お前が何を考えているか言え」
「俺は純粋に恋愛してるだけなんですけどね。ま、詳しく聞きてぇなら話すぜ。――ただ……」
銀時はそこで一端、黙って辺りを見回した。そしてにやりと笑うと、再び土方へ視線を向ける。
「俺と副長さん、ふたりっきりならね」
+ + +
最後の仕上げだ。
銀時が条件を提示すると、予想通り周りの取り巻きから文句の声が飛んだ。今にも殴りかかってきそうなチンピラ野郎に内心恐々としつつも、じっと土方の返答を待つ。しばらくしてゆっくりと彼が口を開いた。
「何を企んでいる?」
「なにも。やっぱプライベートなことだから、あんまり大勢の前で話したくねーんだわ」
ひらひらと手を振ると、壁際の男が唸る。
「調子に乗るなよ、小僧…ッ!」
「小僧って……。あんまり年齢変わんなくね?」
一気に一触即発の危うい雰囲気となった部屋で、銀時は相変わらず落ち着いた態度を取り続けた。殺気を隠さず、こちらを睨み続ける男たちなど知らぬ顔で、真っ直ぐ土方だけを見つめる。きっと彼は周りを制して、こちらの申し出を受け入れる。そう銀時には確信があった。ヤクザの若年層グループなどチンピラ崩れだと思っておいたが、そのトップは想像以上に冷静な判断の出来る人間だった。このまま押し問答していても時間の無駄だ。聡い彼ならば、銀時の出した妥協案とも言える条件に乗ってくるに違いない。案の定、しばらくの沈黙が続いて、彼が小さく溜息を吐く。
「ここまで肝の据わっている奴も初めてだ。――オイ、席を外せ」
土方が取り巻きの男にそう告げると、彼らは渋々と言った風に部屋を後にした。
「山崎、お前もだ」
「しかし…」
「大丈夫だろ。アンタたちは彼を守るためにくっついてるんだろうけど、もし俺が襲い掛かったって、副長さんなら返り討ちにするぐらいわけないと思うけどね」
「そいつの言うとおりだ。俺に手を出すことがどんなことか、そいつもわかってるだろう」
「俺だってこの若さで死にたくねーし」
銀時が肩を竦めてみせると、山崎は一礼をして出て行った。再び室内が沈黙に包まれる。優雅な動作で紅茶に口をつけた土方を視界の隅に入れつつ、銀時はこのあとを何度もシミュレートする。
土方は真選組の頭脳である。常に正確な判断と何事にも動じない冷静さが必要とされる。まさに組織を纏め上げるには打ってつけの男だろう。しかし、銀時はその冷たい漆黒の瞳の奥に揺らめく炎を見た。部下がいなくなった今、彼は副長の仮面を外すことが出来る。それが本意にないにしろ。
「悪いな。俺の条件を呑んでくれるとは思ってなかったけど」
「呑まなきゃ話が先に進まないだろう」
「それもそうだ」
銀時のやる気のなさそうな瞳に光が宿る。
「お前、一体何者だ?」
「何者と聞かれても。どうせ調査済みだろ?報告書にあるように一般人だよ。組員さんが勘繰ってるような同業者の嫌がらせでもないし、個人的な怨恨でもない」
銀時はそこまで一気に告げると、その身体を椅子へ深く預けた。礼を欠かない程度に足を組んで、土方の次の動きを窺う。
「お前の言葉を信じる義理がねぇ」
「確かに俺の言ってることが真実だという証拠はないけど、嘘だという証拠もないぜ?」
「………ちッ」
一向に進まない話し合いに苛立ちが募っているようだ。確実に増えていく吸殻の山を確認すると、銀時はふと表情を綻ばせた。勝ちはすぐそこだ。
「俺が白か黒か、ここでいくら面つき合わせても答えは出ない…となると、次に副長さんがしなきゃなんねぇことがひとつある」
「組の脅威を取り除くことだ」
「そう。そして俺が手伝えることもひとつ」
「……女から手を引くことだな」
「さすが副長さん」
「茶化すな」
土方の眉間に更に深い皺が寄る。ぎり、と聞こえそうなほどきつくフィルターを噛み締めて、彼は呻いた。
「これが望みか…?」
結局、銀時の手助けなしにはこの状況を脱することは出来ない。追い詰められた自分を自覚して、土方は悔しそうに目を細めた。
「何をさせるつもりだ…!?」
「違うね。俺の存在がどこまで影響するかなんてわかんねーだろ。俺が本当に何かを狙ってるならもっと確実な方法を取る」
「…………」
黙り込んだのは、きっと土方自身もわかっているからだろう。銀時の罠は間接的過ぎる。小さな種を大量に撒くならまだわかるが、たったひとつの種がここまで育つかどうかは運しだいといったところだ。だからこそ土方には銀時の目的が全くわからなかった。それこそが銀時の狙いだということには気付かずに。
「でもせっかくだから、ひとつだけお願い聞いてもらおうかね」
銀時は取り出した手帳の1ページを破ると、それにさらさらと書いて土方へと渡した。
「りぴーとあふたーみー?」
―――任務完了
+ + +
あれから一週間後、銀時はいつものように古ぼけたソファーの上で漫画雑誌を捲っていた。その傍らにはお天気お姉さんのフィギュアがきちんと飾ってある。そしてその隣には先日までなかったお通ちゃんの猫耳フィギュアが並んでいた。
「はぁ〜、昨日は夢みたいでした!お通ちゃんの今度の新曲は猫耳の衣装で、僕としたことが同じポスターを3枚も買ってしまいましたよ…!!」
新八はいまだ興奮冷めやらぬといった風に、反応のない銀時に向かって延々と喋り続けている。アイドルオタクモードの新八はいつにも増して鬱陶しいことこの上ないため、本当は纏まった給料を払いたくないのだが、結野アナを人質に取られては仕方なかった。前回の依頼をこなした万事屋の経済状況は珍しく潤っている。銀時も久々の都内名店パフェツアーを敢行したばかりだ。
「ところで、あのメモリースティック何が入ってたんですか?」
依頼完了の報告として新八が与えられたひとつのメモリースティック。勿論、そこは個人のプライベートのため、新八は中身を確認することなく依頼人へと手渡した。それは銀時の腕を信頼しているからではあるが、今回の標的があの土方だという点で少し中身が気になったのだ。
「ああ、あれは――」
銀時がだるそうに口を開いたとき。
「オイ、どういうことだ?万事屋さんよ……」
本来なら従業員しかくぐることのない事務所の扉に、元ターゲット――土方十四郎が立っていた。
「な、なんでッ…!?」
新八は驚愕に声を震わせる。それもそのはず、この事務所の名義は全くの別人のもので、簡単に見つけることが出来ないようになっていたのだ。
「…久しいね、副長さん」
動揺する新八とは逆に、銀時は落ち着いた態度で挨拶を交わした。土方がピクリと方眉を上げる。その後ろに山崎の姿も確認できた。
「……あ、あの。僕たち何にも関係ないんです!真選組に喧嘩売ったわけじゃ…。だ、だから、許してくださ……」
「心配すんな、新八。副長じゃない土方はただの人間だ」
「……え?」
「まぁまぁ、土方くん。お茶でもどう?」
「これはどういうことだ?」
銀時の誘いを遮るように不機嫌な声が被る。言葉と一緒に投げつけられたのは見覚えのあるメモリースティックだった。
「銀さん、それって…」
「もしかして山田さん、そっち行っちゃった?」
依頼成功の証拠として渡されたそれを、土方が持っていたということは、受け取った本人がわざわざ持って行ったということだ。きっと山田は土方の弱みを本人の目の前で突きつけたかったのだろう。思慮が足りなさそうな依頼人の顔を思い出して、銀時は溜息をついた。
「山田氏も中身を知らなかったみたいですね。一緒になって聞いてみて、彼のほうが先に怒り出しましたから。その後、彼が契約違反だと騒ぎましてね」
土方の後ろにぴったりと付けた山崎が口を開く。さすが副長の腹心。控えめに後方に立っているかと思えば、唯一の出入り口である扉付近を陣取って、銀時たちが逃げられないようにしている。
「俺に全て話すから『万事屋』に復讐してくれ、と。そんなとこだ。勿論アイツも許すわけにはいかねぇが」
「それで山崎くんが調べたってことね」
そういうことなら、この場所がばれたのも頷ける。『坂田銀時』はまっとうな一般人であるが、『万事屋』は完全に闇の世界の職業である。裏社会に精通している彼らなら、すぐに情報を掴んだだろう。
「ど、どうして山田さんはそんなこと…」
「内容をチェックしたらわかるよ」
新八の疑問に答えるように銀時はそう言うと、メモリースティックをパソコンへ差し込んだ。
しばらくして雑音に紛れた男の声が響く。
『でもせっかくだから、ひとつだけお願い聞いてもらおうかね』
銀時の声だった。少しの沈黙のあと、記録の中の銀時は再び口を開いた。
『りぴーとあふたーみー?』
『ぎゃ、ふん…?』
録音された声はそこで途切れた。
「…………」
新八は目を瞬かせて、銀時を見ている。きっと彼の頭の中では、この音声と山田がキレた理由を高速で推測しているのだろう。そしてその責任を銀時に問うことも簡単に予想がついた。
「銀さん、これだけですか!?こ、これで依頼完了って、山田さんでなくとも怒りますよ!」
「おいおい新ちゃん、依頼書見てみ?ここ、依頼内容の欄。『土方十四郎にぎゃふんと言わせたい』ホラ、言ってるじゃん!」
「そんなんで納得するかァァァ!!」
「あれ?なんで?依頼内容に忠実すぎるほど忠実よ?寸分の違いもないもん」
「このちゃらんぽらんめェェェ!こんなんじゃ商売になんねぇよ!」
「なら、これからお前がチェックすりゃいいだろ。次の依頼人にはもっと詳細に書くように言えよ」
「……ぐぬぬぬ」
「オイ…、そこらでいいか?」
新八のハイテンション・ツッコミについていけなかった土方がそっと声を掛けた。あれほど睨みをきかせていた状況が、一気に万事屋ペースになったことで、土方も山崎も困惑している。居心地が悪そうに壁に凭れた土方に、銀時はソファーを勧めた。
「まぁ座れよ。新八、コーヒーでも出してやって」
そう指示すると、新八は即座に給湯スペースへ移動した。その俊敏な動きはまだ土方を警戒してのことらしい。あれだけ自慢の強烈なツッコミを披露しておきながら、いつまでたっても小心者だ。
その恐怖の存在である土方は無言で銀時の正面に腰掛けた。その右後ろに山崎が立つ。奇しくも真選組と同じ配置に、銀時は心の中で笑った。単身こちらへ乗り込んできた彼に敬意を表して適度に負けてみせてもいいと思っていたが、こうして対峙するとそんな甘さは吹っ飛ぶ。前回は色々と制約があって、本気を出し切れずに不完全燃焼だったのだ。偶然にも舞い込んだチャンスに、銀時のやる気も3割増しだ。
言葉でなく、こころから「ぎゃふん」と言わせるのもまた一興。
「で、土方くんは俺らに何しようと?」
そう話を切り出して出されたコーヒーを口にする。新八が震える手で用意したそれは、緊張で砂糖の分量を間違えたのか、全然甘みがしなかった。それでも銀時は文句を言わずに流し込む。今は目の前の獲物のほうが美味しそうだ。
「さぁ?お前らの対応次第では、命も保障しかねるな」
「銀さん…!」
穏やかでない土方の言葉に新八が後ろで恐怖に濡れた声を上げた。この仕事を取ってきた新八にも責任があると思うのだが、もはや彼の中では銀時が全ての原因となっているのだろう。怖がっているくせに、どうにかしろという後方からの圧力を感じながら、銀時は続きを促す。
「ハァ、前とは立場が逆ってね。一応要求聞こうか?」
「そうだな。仕事とは言え、俺らに喧嘩売ったからには、それなりの報復があるって考えたほうがいいだろうな」
不敵に土方が笑う。
「実力行使ってとこか?」
「真選組を舐めてかからないほうが身のためだぜ」
「俺たちに復讐、ね。山田はともかく、土方くん。アンタはやる気あるの?」
追い詰められていたはずの銀時が零した台詞は、二人の立場を一気に逆転させる。先程の土方と同じように不敵な笑みを浮かべた銀時は、今まで隠していた最後の罠を発動させた。
「確かに今回のターゲットは土方十四郎、アンタだ。俺に対する憤りもわかる。でも組としちゃ動けないだろ?」
「……どういう意味だ?」
「ここに山崎くんと二人だけで来てるアンタのほうがよく知ってんじゃね?」
「ッ……!」
言いよどんだ土方を畳み掛けるように、銀時は更に言葉を続ける。
「俺は個人でアンタに近付いた。実際のところ裏はあったが、表面的に見りゃ、俺の女遊びが過ぎて『偶然にも』真選組が被害を被ったってことになる。そんな偶然の事故に組員を動かせんの?出来ねーだろ。それとも事情を全部話す?天下の鬼副長・土方十四郎は一介の自営業者に一泡吹かされて、その弔い戦だって?」
「く、そっ……」
「それも出来ねーだろ?自分が騙されたことを部下に話すわけにもいかないもんな。だからこうして部下をたった一人しか連れて来てねぇんだろ?」
キャバクラに通い詰めて、ナンバーワンを落とす。そんな回りくどい作戦を取ったのは、全てを偶然だと思わせるためだった。勿論、勝算50:50の賭けではあったが、失敗すれば次の罠を仕掛ければいいだけのこと。銀時にとって、手段はどうでもいい。土方の持つ強靭なバックを動かせなくさせる武器が必要だった。
「だからあんなまどろっこしい方法を…」
「言っただろ?組を破滅させるならもっと確実な方法を取るって。俺の狙いはアンタ個人。そのためには周りには黙っててもらわねぇと」
銀時の意地の悪い笑みに、土方は悔しそうに唇を噛んだ。
「ど?副長じゃない土方は、ただの人間だったろ」
その言葉は土方がここに来たとき、銀時がビビる新八に掛けたものだった。山田が裏切る可能性、バレて土方が乗り込んでくる可能性、全て計算された上での手口。その鮮やかさに鳥肌が立つ。
「銀さん……」
「く、……お前、ここで燻ってるにはもったいねぇ逸材だぜ」
それはプライドが高い土方なりの敗北宣言だった。
+ + +
「オイ」
しばらく続いた微妙な沈黙を破ったのは、意外にも土方だった。
「ここは気に入らない奴を陥れることが出来るんだよな?」
「へ?―ああ、まぁ。そんなとこだけど」
返り討ちが成功し、凹んだまま帰るだろうと思っていた銀時たちは、土方の復活に少しビビりながら、彼の話の先を待つ。さすがの銀時とてこれ以上の武器は持ってはいない。しかし、次いで紡がれた彼の言葉は、全く予想していなかったものだった。
「なら、俺の依頼も聞いてもらおうか?」
「ふ、副長?」
この急展開は彼の部下である山崎も同じのようで、焦ったように声を上げる。それを右手で制した土方は、姿勢を直して銀時に向かい直った。その姿は追い詰めていたときの弱々しさなどすっかり消えた自信に満ちた土方そのもので、銀時は少し残念に思った。不敵な姿も悪くはないが、先程までの高揚感が徐々に薄れてきてしまう。
ここで縁を切るには勿体無い人物だ。
また個人的な興味だけでなく、彼のカリスマ性と冷静さ、強力なバック――こういった商売をしている以上、権力と金とは付き合っていくに越したことはない。
「俺の依頼はこうだ。――山田太郎を今後二度と馬鹿なことを考えないくらいに叩きのめして欲しい。今回の報復含めて、だ」
「………」
どうにかして今後の土方との関係を得られないかと考えていた銀時は、その言葉にはっとした。
「……ぎ、銀さん」
探るような新八の声に、銀時は小さく頷いた。
「ま、仕事なら引き受けますよ。あ、でも……」
「なんだ?」
「せっかくだし、自分で工作するってのはどうよ?」
驚きの言葉に目を丸くする3人を見回して、銀時はにやりと口角を上げた。
断じて自分が動くのが面倒だったわけではないと、銀時が何度も新八に繰り返すのは、全てが終わった頃だった。
+ + +
「なんで俺が構成員扱いなんだよ」
「え?だって前回仕事したよね。山田さん再起不能にしたじゃん。完璧じゃん。もうお前は一人前だよ。教えることは何もないよ」
「……はぁ、もういい。お前と話してると疲れる」
歌舞伎町のとある雑居ビルの一室で、気だるげに会話をしている男が二人いた。銀糸の天然パーマに寝癖をつけて、半分寝ているような目で週刊の漫画雑誌を読んでいる男と、黒のスーツを堅苦しく着こなし、常に瞳孔が開いた凶悪な目つきでもう一人を睨みつける男。彼らの会話は先程から一向に噛み合ってない。
「あー、いい加減ジャンプ卒業しねぇとなぁ。土方くん、どうしよう。俺どうするべき?」
「興味ねぇ」
「それはジャンプに?それとも銀さんに?」
「両方だ」
「お前ね、こう見えても俺すげぇんだぜ?どんだけファンがいると思ってんだよ!見てみろよ、今週巻頭カラーだぜ?アニメ化だってしちゃうんだぜ?」
「……世界が崩壊するようなボケはやめろ。突っ込みきれねぇ」
そのとき、扉がばたんと開いて一人の少年が入ってきた。
「銀さん、土方さん!」
収拾のつかない二人の会話を終わらせることが出来るのはやはり、彼しかいないだろう。
「ホラ、今度の仕事ですよ!――二人とも『万事屋』として頑張って来てくださいね!」
新八は喧嘩しながら出て行く二人を見送ると、溜まった漫画と山になった吸殻を片付けるため、腕まくりをしたのだった。
春日 凪
あぶそ1作目。実は拍手連載だったものが大出世したのでした。