身体を押し拡げられる感覚は、いつまで経っても不快だ。
白く霞む頭の中とは反対に、熱を受け入れているその部分だけが、鈍い痛みを訴えていた。じくじくと浸食してくる熱と質量は、確実に土方の理性を蝕んでいく。世界がぐらりと歪んだような気がして、その心許なさに思わず手を伸ばしてしまった。途端、眼前の男の顔が締まりのないものになる。揺らぐ視界の向こう、いつものやる気のなさそうな濁ったそれではない瞳が映った。


好きだから、とか、処理のためだ、とか。
そんな単純な理由だけで身体を繋げるには、幾分年を取りすぎた。何か、そう言い表せない何かに突き動かされるように、だらだらとこんな関係を続けてしまっている。居心地がいい、しかし不実なこの関係を清算する勇気がお互い、持てないのだ。日常であって非日常な、あの行為は土方を、そして銀時をどうしようもなく興奮させた。
「ん、ふぅっ…んん」
ぴっちりと隙間無く埋められた楔がぎこちなく抜き差しされる。滑りが足りず、どうしても引っ掻くような引きつれた痛みが拭えない。それでも、息が詰まるような圧迫感と共に、確かに存在する快感を少しでも捕まえようと、土方はいやらしく絡みつく。無意識だろうその仕草に、銀時は自身の乾いた唇を舐めた。
「やらしい」
呟くようなその台詞は、掠れて土方の耳には届かなかった。不規則に息を吐いて、ただ銀時の与える快楽に従順に支配される。膝裏を持ち直されて、ぐい、と大きく開かれた足にもはや羞恥を覚えることもなく、深くまで打ち込まれる熱にぐらぐらと思考を揺さぶられた。
「あ、はッ……。もっと――」
更なる快感を求める素直な身体を隠す必要など無い。欲に濡れた眼差しで、互いに頂点だけを目指す。
もっと、深く、強く。
「強欲め」
覆い被さった銀時の身体をしっかりと受け止め、淫らに腰を押しつけると、耳元で聞こえる苦笑。そのまま白い銀糸の中から覗く耳朶に舌を這わせて強請ると、熱を帯びた中心へと彼の指が伸びた。
それでいい。沸き上がる射精感に熱い吐息を弾ませて、土方は満足そうに笑む。緩む口元に舌を這わせていた銀時は、もう一度「やらしい」と呟いた。べろりとねちっこく舌を絡められて、息が詰まる。苦しくて抗議をするように、後頭部に回した腕は、押し寄せる快感に流されて、縋るような行為になってしまった。
「キス、好きだね」
唇を少しずらして囁かれた言葉は、笑いを含んでいて、癪に障る。もう一度差し込まれた舌を思いっきり吸ってやると、銀時は小さく呻いた。まるで噛み切られそうな錯覚からか、口の奥底に引っ込んでしまった舌を追って、今度は土方が滑り込む。歯列をなぞって、上顎を擽ると、気持ちいいのか銀時の身体が震えた。悔しそうな銀時の顔に笑いが込み上げる。満足感を覚えながら、彼の舌を捉えていると、おかえし、とばかりに右手の動きを早くされた。
「ふッ、うぅ、ン…」
半開きの口からは、素直に嬌声が零れ落ちる。欲に濡れた浅ましい声は、もはやこの行為を煽る材料にしかならない。この身体はとても快楽に従順だ。どこもかしこも、気持ちがよくて頭がクラクラする。無理矢理開かれた痛みは、体の奥から溢れ出す快感に掻き消された。夢中になって舌を絡めて、その先を強請る。互いを支配して、支配されて。五感全てが相手の管轄下に置かれる。
「あっ、あぁぁ」
「くッ……」
銀時をくわえ込む部分が、まるで別の生き物になったように、貧欲に収縮する。女のように、一滴も零さぬよう搾り取る動きに、銀時が低く唸るのが聞こえた。何も生み出さないふたりだが、この瞬間だけは価値のあるように思えて、何度も奥を穿つ。中心に添えられていた右手が離れ、腰へと回された。しっかりと腰を捕らえられ、徐々に激しくなる抽挿に髪を振り乱して喘いだ。はくはくと、大きく口を開いて酸素を取り込もうと努力するも、知れず零れる嬌声が邪魔して息苦しい。文字通り、死ぬほどの快感をこの身は享受している。
「あ、ひぃ、…あぁん、も、ダメ」
「俺も、イクっ…!」
「う、あぁっ!!」
目の前が白く染まって、無の世界に投げ出される。吐き出される熱に満足する身体は、もはや土方の指令の下を脱していた。びくびくと勝手に痙攣しては、絶大な快楽の余韻に浸る。
絶頂に達する瞬間、土方は誰よりも冷静だった。頭と身体が完全に切り離された感覚。
淫らな己の身体は、注ぎ込まれる熱に歓喜の声をあげるが、断続的な恍惚感と共に、急に冷え込む感情があることを無視できない。それは男に足を開くという自分に対する嫌悪でも、禁忌を犯すという罪悪感でもなく、目の前の男との不安定な関係に対するものだと潔く気付いた頃には、もうすでにどうにもならないところまで来ていた。
そう、自分はこの爛れた関係を打ち切って、新しい関係を築きたいのだと、そう素直に告げることが出来るのなら、こんなにも心が冷え込むことはないというのに。



「はは、あいかわらず淫乱だな」
脱力した四肢を投げ出し、無感動に銀時が呟いた頃には、土方は黒の隊服を着込み、先程の激しい情事をまったく感じさせないほどストイックに映っていた。人には言えない秘め事のあとはいつもこうだ。その行為を後悔するかのように、颯爽と去っていく。何もなかった振りをして、あんなに情熱的に絡み合ったふたりはもう居ない。
「帰る」
複雑に絡み合った糸は、着実に己の身体を縛っていった。何度、口に出そうとしたかわからない言葉がある。しかし、それらは決して紡がれることはなかった。互いに、拒絶しているのを知っているからだ。言葉にしてしまえば、この曖昧で居心地のいい関係が崩壊することくらい容易く予想が付く。恐怖を知った大人は、失うことを何より恐れて、進むことを放棄する。
「じゃあな」
素っ気ないたった一言が、土方の背中に掛けられた。
次の約束はしない。約束は縛る行為だから。ふたりの間に決定的な何かはいらない。それなのに、聡い大人は自身が渇望していることを知ってしまった。
お互いの存在が、枷にならないようにと割り切った物分かりのいい自分たちは何処へ消えてしまったのか。

矛盾する感情に、どんどん追い詰められていく。
都合のいい関係だけでは、満足できない身体。ひとりでは、どうしようもできない。



「土方、またおいで」
ふたりで気持ちよくなろう。

布団に潜り込んだままの銀時から零れた呟きは、扉の閉まる音で掻き消された。



春日 凪




銀さんと土方が揃えばアダルティな雰囲気になるのは仕方ないよね。
気持ちを隠してズルイ恋愛しそうだねって話。



ふたりよがり