*「お気に召すまま」の小ネタ番外編です。
銀さん=探偵、服部=怪盗、土方=刑事
闇夜を駆ける一つの影、颯爽と現れ、颯爽と去る世紀の大怪盗。それに相対するは、白銀の髪を靡かせ、常に怪盗の前に立ちふさがる稀代の名探偵。
などと言えば詐欺と訴えられるだろうか。しかしながら様々な事実を削ぎ落し、多少言葉を選べばそう表現しても嘘ではない。
出落ちとしか言えない、著作権問題に引っかかりそうな名前を名乗っている怪盗ハットリだが、颯爽と現れ、どんな警備をも掻い潜って獲物を予告通りに盗み、颯爽と去る。その手際はまさに世紀の大怪盗の名にふさわしい。その怪盗ハットリが認めた好敵手の坂田銀時は小説のような名探偵とは程遠くそれでは生計が立たないために便利屋のような仕事もしているが、職業として探偵業を営んではいる。そして対怪盗となればその勝率は100%。捕まえるには至らないが怪盗の盗んだ物は必ず取り返しているのだ。その際には勝負も正々堂々と行われている。胸躍る頭脳戦とは縁遠い古今東西ジャンプのヒロインの名前などという勝負内容が玉に割れんばかりの傷をつけるだけで。
世の中にはこんな言葉もある。
知らぬが仏
毎回のやりとり。それを毎回と言うのが苦痛でしか仕方がないが、彼らにとってもはや恒例行事となってしまった探偵VS怪盗の戦いは毎回しょうもない方法で繰り広げられている。しかしながらこれをさせないと怪盗はあっさりと逃げてしまい、お宝を奪われ、探偵と対決できなかった怪盗が探偵に別の場所で戦いを吹っ掛け、探偵がお宝を取り戻すなどという屈辱的なことが起こって以降、彼らの対決は傍観し、その後怪盗を捕えるという作戦に切り替えざるを得なかった。怪盗ハットリ特別対策班の会議はその決定の日に荒れに荒れたらしい。主に土方を中心に。
今日も今日とてしょうもない戦いで探偵が白星を上げ、怪盗が悔しがりながら盗んだ物を探偵に渡す。しかしその後に土方達が切り込むには今日は珍しくいつもはテンションが低い探偵の興が乗ってしまっていた。
「もういいじゃねェか。お前は十分頑張ったよ。」
内容はともかくもチャラチャーとBGMが聞こえてきそうな穏やかで諭す心を全面に押し出した表情で銀時はぽんとその手を怪盗ハットリの肩に置いた。名探偵っぽい自分に浸り出しているのは明らかで、そんな銀時を探偵所の二人は勿論土方を始めとした警察も半眼で眺める。
「知った風な口利くんじゃねェ!ジャンプ探偵!!」
「確かにお前のことはお前が一番よくわかってるだろうさ。けどな、見えすぎているからこそ気づけないことだってあるんだ。お前さんはちっとばかし間違えちまったんだよ。」
おいおい二人称まで変えてきたよ、あんま乗せるなって怪盗、というのが周りの心の声だ。実際、土方に至ってはこの茶番はなんだと小さく呟いていたりもした。
「俺は悪くねェ!!」
しかしながら唯一まともに取り合っているというか、銀時を増長させる原因となっている怪盗ハットリだけはそんな白けた雰囲気に気づかず、声を荒げる。
「悪くはないさ。ただ間違っただけだ。」
「違う!間違ったのは俺じゃなくあいつらだ!!」
「復讐のつもりか?そんなもの何も生まないだろ!お前だってわかってるはずだ!!」
「うっせーよ!何もわかってねェくせにぺらぺら適当にもの言いやがって!!」
まったくだと皆頷いた。銀時が適当にものを言いすぎているせいで窃盗事件がまるで殺人事件だ。復讐って何なんだという話だった。
「俺はな!」
怪盗ハットリは憤りをあらわに銀時に向かって怒鳴り声を上げる。
「好きで服部なんて苗字に生まれたわけじゃねェェェ!!」
ぽかんと誰もが口を開いた。無論、今まで興に乗って舌先三寸で物を言っていた銀時もだ。
「え。お宅のそれ苗字なの?ネタとかファン的なもんじゃなくて??」
唖然として問い返した銀時に怪盗ハットリ改め服部はそうだと怒鳴り返す。
「あいつら、名前何がいいって聞いてもまともなもん考えねぇから冗談で俺が怪盗ハットリとかどーよとか言ったらそれいいとかさんざん持て囃してカードとかまで作りがった癖に、いざ俺がそれ置いてったらドン引きみたいな顔しやがって!ネタと本気わけろよ、苗字ってわかったらまずいのなんてちょっと考えたらわかるだろ、仮にそこわからなくっても痛々しい、空気読めとか口々に言いやがったんだぜ!俺が悪いのか?違うだろ、俺だって始めはちゃんとネタのつもりで…。」
「そんなに悔いてるなら改名しろよ。」
「俺だってそう提案したさ!そしたら今度は一回名乗ったのに取り消すとかますます恥ずかしいからもうそのままで行くしかないって!なんだよ、妥協してやるみたいなあの顔!!」
まったくその通りの顔をしていたのだろうからそれは仕方がないのではないだろうかという話だったが、大の大人が子供のようにぐずっているのを目の前にして、そんな正論を言えるわけがない。更に酷くなることが目に見えている。
「泣くなって。わかったから。お前は悪くない。そいつらが全部悪いんだよな。」
銀時はとりあえず落ち着かせようと言葉をかける。もはや悪乗りの気配は微塵もない。
「俺の仲間を悪く言うな!」
が、逆効果だった。ものすごい勢いで振り返った服部は唾を飛ばすほどに叫んだ。銀時はのけぞって一歩下がる。
「うわ、めんどっ!こいつ、やっぱすげェめんどいわ!!」
そうでもなければライバルと認められず銀時はここにいないし、こんな名前で怪盗などやっていないだろうし、そもそも盗みを働いて怪盗と名乗らないだろう。
「とりあえず話は署でゆっくり聞かせてもらう。そのお仲間とやらのこともな。」
銀時が芝居から脱した様子を見て、ようやく茶番が終わったかと煙草の煙を吐き出し、土方は一歩踏み出る。その際に銀時の肩を掴んでぐいと後ろに放り出した。バランスを崩して後ろに倒れかけた銀時は文句を言う間もなく、警官達に押し出され、どんどんと怪盗から離されていく。先ほどまで成り行きを半眼で眺めていた他の刑事達は土方の動きに合わせて、連携の取れた動きで素早く服部を取り囲む。空中には以前ヘリコプターが飛び交い、円状に広がった警察官達によりどこにも逃げ場はない。捕まらないにしても逃げられないというプレッシャーは半端なものではないだろうとはじき出された銀時は分厚い壁を挟んだ向こうにいる自称ライバルを見やる。
「ふっ。」
が、その中心で小さな笑いが漏れた。そしてそれだけに留まらず、それは徐々に大きいものへと変わっていく。前髪に覆い隠されて見えない目とは裏腹に口元は不敵に持ち上がり、最後には大口を開く。気でも触れたかという軽口を叩きながら土方はこの状況を再度分析し、どこにも穴はないと断じる。よって敗北の直前のこの高笑いは逃走可能という事実からくる自分達警察への嘲笑ではないと。
「逃げ場はねェよ。大人しくお縄をちょうだいしろ。それでこのふざけた現代怪盗の幕は下りる。」
勝利宣言を口にしながらも土方は自身の中にある焦りを抑えるようにじりじりと包囲網を狭めていくが、笑い声がぴたりと止むと同時に自然警官達の足は止まった。
「いやいや見事だな、現代刑事。さすがに小説みたいに鈍臭いのはなかなかいない。」
ぱちぱちと手を叩いて怪盗は立ち上がる。
「けど、それなら現代怪盗もそれくらい張り合えないとな」
懐に腕を突っ込み、尺玉のようなものを取り出した怪盗はそれを地面に叩きつける。爆弾かと身を固めた土方達だったが、もくもくと上がる煙に煙幕かとはっとする。爆弾を自分の足元に投げつける馬鹿がどこにいると自身の先ほどの考えを詰って、土方はこの混乱に乗じて包囲を破られないようにと檄を飛ばし、多少人の壁が薄くなろうとも広がる煙を囲うように陣形を取れと指示する。
「生憎と俺はこんなところで幕を下ろす気はないんでね。そもそもお宝は奪い返されたが、その上俺まで捕まえられるってのはさすがに上手く行き過ぎってもんだぜ。」
煙幕の内側に留まった土方は視界が利かない中でも怪盗の声は変わらない位置から聞こえることを確認する。まだ逃げたわけではない。多少の混乱は残っていても包囲は崩れていない。それなら逃げようがない。
「てことだ。じゃあな、警察諸君。そして我がライバル。」
しかし土方の理性が導いた結論は本能が告げる警告音の正しさを示すように現実のものとはならなかった。声の出所に駆け寄った土方は何も掴めず、徐々に晴れる煙に視界が鮮明になるが、その場所に怪盗の姿はない。上空を見上げてもそれらしき姿はなく、通信からも怪盗らしき人影を発見したという報告もない。
「どういうトリックだ!?」
地上の逃走も空への逃走もどちらも不可能。あの煙幕に紛れて煙のように消えたとでも言うのか。まだ現実的な推測としては怪盗は未だこの近くに潜み、自分達が捜索に乗り出して手薄になったところを逃げるという手を打とうとしているというのが挙げられる。しかしながら広大な庭の芝生が広がるこの場所において隠れる場所があるとも思えない。どちらにしろ、不可能だ。
逃げたのかそうでないのかということで次の動きも決まってくる。だが、土方は理解しがたいこの状況にその判断をつけかねていた。
「相変わらず器用だな。土の中って呼吸とかどうすんだよ。」
思考のループにはまる土方の耳に届いたのはそんな言葉。素人が口を出すなとか、こんな奴を包囲の中にあっさり入れてるんじゃねー、まだそこら辺に怪盗がいるかもしれないのに気を抜くなとか、常ならば怒鳴るところだ。だが、土方は振り返って一言発しただけだった。
「は?」
きょとんとした視線を受けた銀時がぽりぽりと頭を掻きながら口を開く。あーまあそりゃそうなるわなという表情で。
「あいつ潜れるんだよ。なんか土遁なんとかーってやつで。」
どろんってなと冗談のようにポーズをとった銀時。土方は絶句し、それから大声で怒鳴った。
「やっぱ忍者じゃねーか!」
改名しろ、そして訴えられろ、と騒ぎたてる土方。怪盗ハットリが服部という名前とわかり、怪盗をサポートする仲間が複数存在し、物語のような忍術に長けていると判明したことで次の捜査会議は怪盗の正体を掴むにあたりかなりの進展があったと報告されるだろうが、今回の件を思い出すことにより会議はまた大荒れに荒れるだろうなと誰もが思った。
神田 なつめ