*オフ本「norn」の小ネタ番外編です。
銀さんが魔法使いです。


ただ教えを請うにしても手紙のやり取りで十分に思えるたが、何故わざわざ国境を越えて現地まで行かなければならないのか。
その土方の疑問に対して銀時はわかっていないなと呆れた顔を見せた。

「お前も魔法は学問だってことについては最近ようやくわかってきたみたいだけどな、」

確かに銀時の講釈を世間話の一つとして聞くようになってから、以前のような偏見はほとんど消えた。
そんな風に魔法に関する話を世間話の一つとして聞くようになったきっかけは、あの村ではついぞ見なかった銀時の自室だ。
王都で暮らすようになった銀時は、同じく王都へと店を移したお登勢の酒場の二階に間借りをして住み始め、土方は仕事帰りにお登勢の酒場に寄る日には二人で飲むこともしばしばあった。
そして、ある日のこと明日は非番だからと飲みすぎて前後不覚となり、同じような状態の銀時共々、お登勢によって二階へと押し込められた翌日、目覚めた土方は狭いソファで寝ていたためにバキバキと音を立てる骨に顔をしかめながら、軽い頭痛を催す頭を抱えて、辺りを見渡した。ソファで未だ夢の中だった銀時の顔を馬鹿面だと心中で表現した後、その更に向こう開け放たれた戸から起こっている雪崩に気付いて、新八の苦労を思って漏れたのは大きな溜息。一体どうすればこうまでも汚く出来るのかと呆れながら、ゆっくりと立ち上がった土方は銀時の部屋へと近づき、雪崩の一部を拾い上げて半眼のままで斜め読みし、半分ほども理解できないその内容にまさかと部屋の中を覗き込んで愕然とした。
本棚から溢れているのを見ただけでも蔵書数がかなりあるのがわかり、ほぼそれらすべてがかなり読み込まれているのもまた一目瞭然だった。その上、壁には走り書きのメモが張り付けられ、かなり年季の入ったノートは無造作にいくつも積み上げられ、確かに足の踏み場も何もなかった。
それは確かに「部屋がカオスすぎて眠れない」と銀時が言っていたのも頷ける有様であると同時に、銀時の勉強量を雄弁に語っていた。
その日から、土方は魔法に関する認識を少し改めた。

「呪文の構成様式、それを発する声やそれに乗る魔力のタイプ、触媒となる物質、術者のスキル、そういうもんを全部計算しつくして初めて完成する。」

そして、改めた意識をもって話を聞くようになると、銀時の話は眉唾物どころか丁寧でわかりやすく、銀時の言う通りにそれは理路整然とした一定法則に則っており、確かに学問と分類するに相応しいものだった。

「魔法ってのは高度であればあるほど、使う人間側にも制限がかかる。誰かが作った呪文をそいつが発するように発して、同じような触媒使ってやったところで、発動するわけじゃねェ。」

呪文に組み込まれた言葉には銀時が良く言う魔力の色というものが入っていたことは土方も覚えている。

「だから、それがどんな風に発動するものか、この目で見られるなら、それが一番なんだよ。」

しかし、その感覚はよくわからなかった。土方にとって学問というものは本を読むなどして行うものだ。廃れ、もはや国の本の一握りの人間しか知らないはずのものにしては、それを証明するかのように魔法に関する論文や本は多いのは銀時の部屋を見れば知れた。少し興味をそそられて、宮廷の魔法使いの仕事場を覗いたときも同じだった。銀時の部屋よりははるかに整理整頓されていたが。
だからこそ、文字を追うだけでできそうなものだと土方には思っていた。

「あー、まあ俺の言い方も悪かったか。学問っつっても実践するもんだからな。携帯とかの使い方と同じだ。取説読むのも必要だが、自分で触って動かしてみたり、人に教えてもらうことも必要なんだよ。」

土方がきょとんとして、何を携帯するのかと尋ねると、銀時は一瞬停止し、それからがしがしと頭を掻いた。

「あーそうか。あれってこの世界じゃまだ開発されてねーか。テレビとか普通にもうできてんのかとも思ったけど、なかったしな。」

 まあじゃあ剣術と同じだとでも考えれば良いと銀時は投げやりに言った。要するに見て覚えることも必要だと締めくくり。

「それに向こうの研究してる奴が偶然に魔力消費の効率を飛躍的に良くする触媒を手に入れたらしい。手紙からもかなりのもんだっていうのは伝わってきたぜ。」

興奮のためあまり要領の得ない書き方でその詳細がわからなかったほどに、と銀時は肩を竦めた。

「でもまァ、裏を返せばそれだけのもんってことだろ。なら、尚のこと魔法の徒としては拝んでおかないとな。」

ニッと珍しく引き締まった笑みを浮かべ、銀時は言った。

「つーわけでだ、土方。道中の旅費、貸してくれ。」

男は経済力という女の正しさを知った土方だった。




旅費を集られて跳ね除けることも出来たが、あの二人を以前のようにこちらに呼び出しておくための必要なことだというのは知っていた。そして、未完成なその魔法を完成させるためにどれだけ銀時が研究を重ね、その成果を相手方に送っていたかも。
そして、どうせ金は貯蓄される一方なのだからと思っていた土方の元に転がってきたのはまるで謀ったかのような任務だった。他国の、しかも銀時が行くという国の視察という内容に、監察を向かわせればいい仕事だという普段の自分の判断を横へやって、自分が行くと申し出た。近藤は怪訝な顔を見せたものの、日ごろ働きづめの土方には良い息抜きになるだろうということで了承した。隣で沖田は「この人。ついこの間、長期の出張任務行ってたじゃねェですかィ。」と零していたが。

そして、道中かなりの言い争い(主に食事中に互いの趣向物に関して)を繰り返し、金だけ渡しておけばよかったと度度後悔しながらもたどり着いたその国で、二人を待っていたのは短髪で部屋の中だというのにサングラスをかけた銀時以上に魔法使いには見えない長谷川という男だった。
ここ数日魔法の完成が近いからと部屋に篭りきっていたと語るその顎にはだらしなく髭が伸びており、髪はぼさぼさ。まるでダメな中年オヤジだった。最初に出迎えてくれた上品な奥方とはどう見ても釣り合いが取れていない。そもそもこんなマダオに妻がいる段階で驚いてしまい、つい銀時と「使い魔なんじゃないか。」「いや、でも普通の人間っぽい気配だぜ。信じられないけどな。」「じゃあ、召喚獣とか?」「それもなさそうだぜ。信じられないけどな。」という話題でひそひそと盛り上がってしまった。そして、長谷川には「聞こえてるから、そこ!」と半泣きで突っ込まれたりもした。

そして、土方は聞いていてもいまいち理解できない意見交換を三時間ほど行った二人はようやく話がまとまり、完成した魔法を実践してみようということになった。
そこで持ち出されたのが、両手に余るほどの大きさの木箱だった。何が入っているかなど、聞くのも野暮というもの。

「確かに俺はこの魔法を完成させるための最後の要素を探し続けてたが、この魔法生物を異世界から引っ張ってこれたのはまったくの偶然だった。こういうのを運命って言うんだろうな。俺がここまで心底感動したのはグラサンと出会ったとき以来だったぜ。」

グラサンよりも奥さんと言えよという突っ込みすらかすれるほどの緊張の中、ごくりと土方は息を飲んだ。箱の大きさからして、生物にしてはそう大きくないだろうが、頭に魔法がつくそれは、おそらく土方が見た事のもないものなのだろうと考える。

長い道のり、その後の前振り、さんざんもったいぶってようやく見せられたものを視界に入れ、土方は頭が急激に温度を下げていくのを感じだ。

「こ、こいつは・・・!」

そして、隣で恐れおののく銀時にますます冷め切っていった。

いや、何を驚いてんだ?

「さすがだな、銀さん。何も語らずとも、こいつの凄さがわかるってのは大したもんだ。今までこいつを見せたら、大概の人間が俺を馬鹿にしたような目で見たもんさ。」

グラサンの向こうで何を涙ぐんでやがる。そりゃ、そうだろ。

「いや、俺もこれがナマコだったなら馬鹿にしたところだ。けど、なんていうかこれは理屈じゃねェ。俺の中の何かがこれに反応してる。」

理屈でものを考えろ。魔法ってのは学問だとか大層なことほざいてたのはどの口だ?

「どっからどう見てもただのヒトデに何を心打たれてんだよ。」

心の中での突っ込みもとうとう耐え切れなくなり、土方はついに口を開いた。

星型をした海洋生物と同じ形をした魔法生物とやらは通常のものよりはやや巨大だが、角は丸くコロンとしていて、海にいるものよりは可愛らしい。だが、中央に位置する穴には鋭い歯が生え揃っており、それを見ると、ああヒトデだと思わざるを得ない。

「そうだよ!ヒトデだよ!土方、お前なんでそんな白けてんだよ!ヒトデだぞ?」
「お前らのせいだろ。魔法生物だか何だか知らねーがな、たかがヒトデにそこまで衝撃受けてるお前らが俺のテンションを下げるんだよ。」
「お前!いつからそんな冷め切った子になったんだよ!お前はそんな奴じゃないだろ!俺よりこのヒトデを大事にするような男だったじゃねェか!」
「いや、俺そのヒトデとは初対面ですからー。」

何故か必死の形相でがくがくと両肩を揺さぶられるが、銀時を直視もするのも御免だと視線を逸らせてハッと土方は鼻で笑う。

「おまっ!じゃあ、これならどうだ?」

がしっと鷲掴みにされたヒトデは濁音の鳴き声をその口から漏らす。

「え、ちょっ、銀さん?もっと扱いは丁寧に、っていうか何してるわけ?それ手に入れるのに俺がどれだけ苦労したってァァアアアアア!」

長谷川の絶叫が響き渡る中、何もない空間から身の丈ほどのいつもの杖を出現させた銀時はその天辺にヒトデを付けた。

「この形状、心に響く何かがあるだろ!」
「や。別に。」

即答で答える土方に銀時は激しく地団太を踏む。正直なところ、土方も杖の先にヒトデというフレーズ自体には何かデジャヴを感じない事もない。だが、これは明らかに違う。何か決定的に違っている。

「チッ。こうなりゃ、最終手段だ。」

くるんとヒトデの貼りついた杖の天辺だけを軽く回して、銀時は口を開いた。

「ババロアムースミルフィーユ!」

それはお前の好物だろうがというツッコミを入れる間もなく、銀時の放った魔法の効果によるものか、急激な眠気に土方は襲われた。いつものように呪文が術の内容を表していないために一体どんな魔法を銀時が放ったのかがわからない。

「これでどうだ、土方!」

さすがにもうわかるだろうという口調で叫ぶ銀時に対して土方がわかったこととはただ一つ。

「てか、杖もヒトデもでかいだろ。」

もっとステッキは細いくて、ヒトデも小さいはずだ。沈む直前の意識の中、土方はそう思った。



目覚めるとそこは隊舎の自室だった。夢の内容を思い返して、土方は深く溜息をつき、誰に言うでもなく言い訳を口にした。

「いや、俺別にあいつと一緒に行きたいとか思ってたわけじゃねェって。」

夢は深層意識を表すなどと言うがデタラメだ。土方に旅費を借りて、旅立っていった銀時を見送ったのは数週間ほど前のことだが、別に気になってなどいない。なっていないと何度も繰り返し、土方は逆に空しさを覚えて、思考を別のほうへと向けた。

「つーか、ヒトデってなんだよ。」

そこの部分を思えば夢らしい夢だと思う。支離滅裂なくせに、どこか納得できる部分もあり、少し笑えてきた。杖の先にあんなに簡単に貼り付いてそのくせ良く落ちなかったななどと思い出せば思い出すほど笑えてきてベッドから上半身だけ起き上がった状態でくつくつと喉で笑いだした。

しかし、ぴりっと背中を走る何かにその笑いはすぐに引っ込む。魔法の気配だと、最近わずかに感じ取れるようになったそれに土方は奇襲かと身構える。

直後、ぼふんと音が鳴り、部屋に煙が立ち込めた。敵を見極めようと目を凝らす土方の目に映ったのは薄れていく煙に浮かぶ一つのシルエット。

癖のある跳ねた髪。ローブを纏った姿。手に持った杖。そして、その先に張り付いたあの形。

警戒はあっさり解け、その代わりに土方を支配したのはそんな馬鹿なというフレーズ。

「あー。マジ楽。深淵の影響消えてから移動魔法の負担なんかかなりあったってのによォ。長谷川さん良いもんくれたなー。」

ただいまと銀時は言う。お帰りと言えないのは土方が素直ではないだけでは決してなかった。



神田 なつめ



どっかの誰かの鶴の一声で生まれた番外編
「あの場面でなー。杖の先にでかいヒトデがついてるの期待してたのになー」とのこと。
オンリーの無料配布でした。    サプライズ☆
煌く魚