この刃は届くのか。
握った刀を振り下ろしていると、そんな問いかけが内から投げかけられることがある。そのとき世界は時間がいやにゆっくりと流れているもので、軌道を描く刃先を眺めながら、俺の答えはいつだって決まっていた。
届かなければ死ぬだけだ。だから、死んでも届かせればいいだけのこと。
「テメェんとこのゴリラがよ。俺も時々羨ましいわ」
命の取り合いはいつだって単純で、明快で、逃げることこそが恥で、勝とうが負けようが、真っ向勝負を挑んだならばそれはどこまでも清々しいものだ。
「好いた惚れたなんて話はさ、とっくの昔に落っことしてきちまってよ」
だが、恋愛を同じだという人間は絶対に間違っている。
「参ったよなァ」
これはいつだって複雑で、難解で、逃げることこそが唯一で。なぜなら行き着くところは敗北しかなく、真っ向勝負を挑むなどあまりに無意味で無価値だ。
「もうガキみてェに誰かを好きになったりしないんだぜ?」
だから俺は昔から嫌いなのだ。そのくせ気付くのだけは早くて、蓋をしたところでそこら中から漏れ出して、それでも必死になんてことはない顔をしなければならない。それをどうして甘ったるくて幸せなものだと表現するのか、到底は理解できない話だ。ただひたすら苦くて面倒なだけじゃないのか。
「まァ、それが大人ってことか」
振るわぬ刀は届かないと、俺と同じ声が囁く。ああも簡単に刀に命を賭けられるのにどうして言葉に心を賭けられないのかと、俺と同じ声が問う。吐き出してしまえばきっと今よりは楽になるはずだと、俺と同じ声が誘う。
俺は当然のごとくそれらを黙殺した。
「ガキの頃のお前が近藤さんみたく盲目的な恋ってやつをしてたとは思えねェがな」
そんなはすがない。楽になるわけがないのだ。襲うのはどうせ後悔だけだ。こんなもう二度と恋などしないのだろうと他人事のように言う奴に一体何が言えるのか。言ったところで待つのは良くて気まずい雰囲気、悪くて軽蔑の眼差し。無理だ。耐えられるわけがない。
「お前にだけは言われたくねェよ」
酔いが回り始めた坂田の笑いはいつもよりも大げさで、揺れる銀髪が視界にちらつく。予想される未来に比べればずっとこれの方がマシじゃないかと、俺は同じ声で投げかけた。少し待ったが、返事はなかった。
意識せずとも、俺もまたいつもよりも表情を崩して笑えた。
「確かにな」
打算ばかりが駆け巡るこの脳が、どうして盲目的な恋などできようか。
神田 なつめ