銀時がそれに気付いたのは、彼と知り合って随分と経った頃だった。
天人の襲来により江戸の町はがらりと変わった。空にも地にも、彼らの技術が結集された機械が我が物顔で占拠し、合理的な考えや文化がどんどんと入ってきた。その中でも一番に浸透したのは、服装だった。簡単に着ることが出来る上に、多少動いても崩れない。評判はたちまち広がって、値は張るが市民でも洋装を着る者も増えてきた。
しかし、洋装が別段珍しくもなくなった最近でもなお、金のラインで飾られた黒の上着は市中で一目置かれる存在には変わりない。腰に差された刀は幕府から認められた唯一の侍であるという証。手口は荒いが、テロを企てる悪人を片っ端から捕獲する。市民の安全を守る特殊警察・真選組の名は、いい意味でも悪い意味でも世に知られている。
そんな物騒な輩と縁が出来たのは、本当に偶然だった。組織のトップに座する近藤がお妙にストーカー的な恋心を抱き、そのために彼を伸してしまったことから、銀時と真選組との変な因縁が始まったのだ。それ以来、万事屋のライバル的ポジションに彼らは居る。
しかし、銀時は彼らに対してそれほど興味もなく、その副長である土方が実は特異な体質であることなど、まったくもって気付かなかったのである。
知り合って半年以上経ったある日、銀時はふと彼の服装の違和感に気付いた。
何と言うこともない幕府から支給された規定の制服ではあるが、土方はずっと両の手に革の手袋をしていた。勿論、そんなことをしているのは彼ひとりである。同じ型の隊服を着ている近藤も沖田もそんな手袋はしていない。だから当初は、彼なりのファッションのひとつだと思っていた。実際、黒の革手袋は何処か禁欲的な匂いのする土方によく似合っていた。
しかし、よく考えてみればそれは不自然なのだ。銀時は自分の掌に視線を遣り、一度ぎゅっと握り締めて再び開く。自分の意志に連動する手。その表面には何年も付き合ってきた剣だこが見える。銀時の違和感の正体はこれだった。
刀はただ闇雲に振り回せばいいというわけではない。剣は生き物と言うように、ミリ単位の扱いが必要なのだ。自分の得物と呼応してこそ、本来の力を発揮する。切っ先へと伝えられる絶妙の力加減、またそこから返って来る反発の力。全てを事細かに感じ取るのは、この掌だ。
それなのに彼は皮膚を隠している。土方というほどの剣の使い手が、その事実を知らないはずもない。剣の扱いよりファッションを取ったのとも考えられるが、あの喧嘩馬鹿に剣以上のものがあるとも思えない。銀時の思考はここで行き詰まり、彼はそれ以上考えるのを諦めた。結局、わかるのは本人がそれを望んでいるということだ。格好の好みは人それぞれで、他人がどうこう言うのもおかしな話だろう。
しかし数日後、今度はもっと決定的な不自然が銀時を襲った。
「……何アレ?」
ある夏の昼下がり、涼を求めてあちこち彷徨っていた銀時は町の往来で真選組の隊服を見かけた。その中には土方の姿も見受けられる。何処かで捕り物でもあったのだろうか、珍しく大人数で行動している彼らの中で、土方はすぐにわかった。それは別に銀時が彼の姿を探していたからというわけでも、彼から副長のオーラが滲み出ているからだとかでも、何でもない。その集団の中で土方がひとりだけ浮いているのだ。ぽっかりと。まるで別の色が紛れ込んだように。
そう、色だった。季節柄、上着を脱ぎ捨てシャツの袖を捲り上げて歩いている隊士たちの中で、色彩が違う人物が居る。太陽の光を浴びて輝く白いカッターシャツの中で、じりじりと焦げるような色合いをしている彼は、きっちりと規定の上着を着込んでいたのだ。夏の午後、日差しは最高潮に達している。最早歩くことすら億劫な灼熱地獄で、彼は涼しい顔をして歩いていた。まるでそこだけ季節が違うように。
「見ているだけであちぃよ……」
先程食した氷菓子の涼しさなど一気に吹き飛んでしまった。銀時ですらアンダーの黒い洋装を脱ぎ捨て、薄手の着流しで歩いているというのに、こんな時期に長袖とは気狂いにもほどがある。つ、と顎に汗が伝うのがわかった。
ふと、暑さを倍増させている張本人と目が合う。銀時の存在に気付いた途端、あからさまに顔を顰める土方に更に怒りが煽られて、銀時は、よせばいいものの自分から面倒事に近付いていった。
「何その格好、夏に対する抵抗ですか?お前は思春期入りたての男子中学生か。意味のない反抗に恍惚を覚える15の夜か。このヤロー」
「……煩い奴が来やがった」
土方は眉をぴくりを上げて辛辣な言葉を吐いた。
「こっちは忙しいんだ。とっとと帰れ」
「おーおー、ピリピリしちゃって。本当に反抗期?」
「テロリストから予告状が来て、ウチは今厳戒態勢なんですよ」
「山崎、余計なこと言うんじゃねぇ」
親切心で口を挟んだ山崎に、上司である土方は厳しく一喝する。その様子が今回のテロ予告がかなり深刻なものである証だった。平の隊士までこうも殺気立っているのだから陣頭指揮を執る土方の緊張感は比ではないだろう。獲物を睨みつける眼光は常よりぎらぎらと鈍く光っている。
「そのせいでのコレ?」
銀時は額から零れた汗を拭いながら、土方の上着を指した。シャツ姿は何処か心許ない。それより世間に知られている幕府指定のジャケットの持つ威厳で、テロリストを牽制しているのだろうと思ったのだ。
「これはたいした意味じゃない」
しかし土方は淡々とした口調で否定の言葉を口にした。懐から出された煙草に火が点されて、夏の生暖かい風に紫煙が混じる。
「じゃあ、なんでこんな時期にそんな格好してんだよ…」
遠目では涼しそうに見えた彼も、よく見ればうっすらだが額に汗を掻いている。暑さを感じていないわけではないのだ。
「暑くねぇの?」
「……慣れた」
ぽつりと呟かれた一言は、銀時の胸にすとんと疑問を落とした。簡単な一言だが、それの意味するところはまったく掴めない。暑さに慣れるほど、長袖を着込まなければならない理由は何なのか。そこには言葉の短さとは逆に大きな理由があるように思えて、銀時は次の言葉を繋げなかった。
「副長!」
代わりに声を上げたのは、別行動していた隊士だった。山崎と同じように監察方の仕事をしているようだ。耳元で何か報告している。
「わかった…。一度、屯所に戻る。お前ら、帰るぞ!」
報告を受けた土方は残りの隊士たちにそう命令した。その指示の従うようにぞろぞろと集団が移動していく。
「………」
銀時は彼の黒手袋に覆われた指先をじっと見ていた。その指先に挟まれた一本の煙草はフィルターぎりぎりまで燃えていて、今にも灰が零れそうになっている。一歩踏み出せば、その振動で落ちてしまうだろう。
「お前もあんまりウロウロしてんなよ」
彼の言葉と共に、ぼろりと灰が落ちた。
「お前らが関わると、ますますややこしくなりそうだからな」
「俺は疫病神かよ」
「そういう意味じゃねぇ。危険だっつってんだよ」
「へぇへぇ。一般人はお家でごろごろしてますよ」
銀時は気が削がれたというように、ふらりとその場を去った。考えても意味がない。皮手袋もジャケットも、頑なに土方の肌を隠しているそれらは、彼の中心まで隠している。興味本位でそこを暴くのは躊躇われた。
「変な奴」
銀時はもやもやと渦巻く胸うちをそう吐き出すことで沈めようとした。じりじりと地を焼く太陽光が、銀時の思考まで焼き切ってしまう。瞼の裏には、あの黒尽くめの男の影がはっきりと残っていた。
山崎が教えてくれたように、テロリストからの予告はどうやら間違いではないようだ。あの日から武装警察の真選組だけではなく、同心まで緊張した面持ちで街を巡回している。公式には発表されていない機密事項らしいが、あれほど多くの警察がウロウロしていれば市民もそれとなく感付いている者もいる。茹だるような残暑と強化された警戒態勢に、夏特有の開放感も削がれるのか皆外出を控えていた。
しかし、例年とは違う雰囲気の夏の街を、銀時は満面の笑みで闊歩していた。それもそのはず、久々にパチンコで大勝ちしたのだ。暑苦しい自宅からの避難のつもりが、思わぬ幸運である。普段ならこの暑さに文句ばかりを垂れ流す口からは鼻歌が零れ、吹き出す汗もそれほど不快には思わなかった。
「ん?」
そんな浮かれ調子の銀時とは対照的に、険しい顔で横道に逸れる男を見掛けた。彼は後方を何度も確認して姿を消す。昔からこういう雰囲気には敏感な銀時である。その表情と男が入った路地裏を考えれば、この暑さ以上に煩わしい出来事が起きているだと予想がついた。
「何か俺、今日大当たりじゃねーの?」
面倒事は避ける主義の銀時だが、今日は違った。先日の山崎の一言が耳に残っている。あの真選組が警戒するテロ予告だ。テロなど自分には関係ないと思っていたが、こうもあからさまな現場に出くわしてしまえば、そうも言っていられない。男の後を追うか、それとも警察に連絡するか、しばらく思案していた銀時の前に、今度は別の男が現れた。
「あ」
交番に行く必要もなさそうだ。彼は銀時の姿を確認すると、銜えていた煙草をぺっと吐き捨てて不機嫌そうに顔を歪めた。しかし彼が不機嫌なのはいつものことで、銀時は気にもならない。逆に気になるのは今日も同じ黒い服装だ。
「お前、不審な男を見なかったか?」
「不審かどうかは知らねーけど、人目を気にしつつ、そこの路地裏に消えた奴なら見たぜ」
「それが不審だってんだよ」
あんな怪しい連中を、毎日のように街をウロウロしている真選組が見逃すはずもない。男を追いかけてきたのは土方だった。副長自らご苦労だと銀時は思う。それほど切迫した状況なのか、はたまた他の隊士が使えないだけか。実際、隊士とも面識のある銀時には、後者の理由が大きい気もする。
銀時の言葉を聞いたと同時に路地へ足を進める土方に、銀時は制止の声を掛けた。
「あ?」
一刻も男を追いたい彼は予想通り、苛々した様子で振り向く。それも丁寧に舌打ち付き。自分に対する愛想のなさは、一生このままだろう。
「ここの路地かなり入り組んでて、迷うかもよ?行き止まりばっかりだから」
子供なら泣き出してしまいそうな獰猛な獣の睨みを、銀時は笑顔で応えた。その表情が更に癪に障るのだろう、より凄みを増す視線は刃物のように鋭利に輝く。
「大通りに通じている出口が一箇所しかなくて、追っ手を撒くには打って付けなんだよ」
「………で?」
「ついでに俺は出口までのルート知ってます」
「さっさと案内しろ」
こういうときでも命令口調な土方に知らずと笑みが零れた。
「走るぞ」
走るのに邪魔だった今日の戦利品は路地の入口に放置した。甘い菓子ばかり入った紙袋は、もしかすると近所の子供たちによって空にされるかもしれない。普段なら甘味に命を掛ける銀時であるが、どうしてか今日はそんなことは気にならなかった。
「こっちだ」
比較的太い路、人ひとり通れるかの細い路、どの方向へ進んでいるのかわからないような道を走る。逃がしたとは思わないが、そろそろ追いついてもいいぐらいだ。薄暗い細道を抜ける直前、聞こえた話し声に銀時は足を止めた。
「ッ!?何…」
「しっ、仲間が居る」
急に止まったことを怪訝に思った土方に人差し指を立てて気配を消すように指示する。曲がり角の死角へ身体を屈め、その先を覗った。この先は少し広がっている。仲間と落ち合うのには絶好の場所だ。話している内容までは聞き取れないが、声の数からして少人数とは言い難い。
「何チンタラしてんだよ。そんなのぶっ倒しゃいいだろ」
どうしたものか、と思案していると後ろから物騒な台詞が聞こえた。
「え?ちょっとひじか…」
「誰だッ!?」
止める間もなく問答無用で押されて、銀時と土方はその場に姿を現した。
「あ〜もう…」
好戦的な眼差しをありありと浮かべる土方とは反対に、銀時は面倒臭そうに眉を顰める。協力はするつもりだったが、こんな暑い中チャンバラをするのは予定外だ。しかし、目の前の彼らは許してくれそうにはない。次々と構えられる真剣に、銀時は大きく息を吐いた。
「お前らこんなところで面付き合わせて、どんな面白い話してんだ?俺も混ぜてくれよ」
「あ〜あ、完全に悪役の台詞じゃんそれ」
「うるせぇな、てめーは黙ってろ」
「随分と余裕だなァ。オラやっちまえ!」
「こっちもベタ過ぎね?」
三流の悪党の台詞の応酬に、やれやれと溜息を吐く。そんな銀時の態度は相手を更に煽ったようだ。唸り声を上げて襲い掛かってくる男たちに銀時もようやく腰に差した木刀を手にした。
先陣を切って土方が駆ける。銀時は後方で彼を支援しつつ、自分に向かってくる男を薙ぎ倒した。わりかし開けた場所とは言え、自由に動くには狭すぎる。数では差はあるが、実際遣り合うには少人数で勝負するしかない。そんな勝負にふたりが負けるはずもなかった。すぐに形勢はこちらに傾く。あとは土方に任せても大丈夫だろう。
「ハイ、おしまい」
相手をしていた男に最後の一撃を食らわすと、彼は呻き声と共に崩れ落ちた。銀時の木刀を持つ手が緩む。土方も終わりを感じたのだろう。張りつめられた殺気が少し撓んだ。しかし、そんな一瞬の気の緩みが、事態を急転させる。
「畜生、これでも食らえッ!」
「!」
銀時も土方も油断していた。土方の前方で平伏していた男が彼へ向かって砂利を投げつけてきたのだ。細かい砂のせいで一瞬で視界が覆われる。そして、巻き上がる粉塵に気を奪われた土方の一瞬の隙を、対峙していた男は見逃さなかった。
「土方!」
「動くな」
銀時が叫んだのと、刃が木塀に突き刺さる音、そして別の男の声が重なる。
それは銀時の後ろから発せられた。粉塵が収まって辺りの視界がクリアになっていく。銀時の後ろには倒したはずの男が背に刃を当てていた。
「ちょっと手を抜きすぎだろ」
「そうみてぇだな。次は思いっきりぶん殴ってやるから安心しろよ」
最後の一撃は彼を昏倒させるには力不足だったようだ。己の甘さを歯噛みしつつも、今はそんなことを悔いている場合ではない。
「……そっちの兄ちゃんもよく避けたな」
土方を襲った真剣は、彼のスカーフを貫き塀へと突き刺さっていた。間髪で避けたとしても、数人で壁に縫いつけられるように囲まれていては動けない。銀時だけなら後ろの奴を倒すことも出来ようが、その間に土方に向けられた刃が彼を切り裂くだろう。まさに絶体絶命だった。
「悪いなァ。スカーフ駄目にしちまってよォ」
彼を囲う輩のひとりが土方のスカーフに手を掛ける。びりびりと音を立てて引き裂かれ、彼の首元が露わになる。
「ッ……」
夏場でさえも肌を覆う格好をしていた土方の肌は白い。銀時は何故かちりっと胸が痛む心地を覚えた。
「別にスカーフぐれぇどうってことねぇよ。それより何だ?このまま俺をボコろうってか?」
焦る銀時に対して、依然土方は強気の態度である。口許に笑みを浮かべて敵を煽る。沸点の低そうな奴らにとっては、それだけで逆上するには十分だった。
「お望みどおり、殴ってやるよ!」
「俺に触れられたら、な」
拳が勢いよく振り下ろされた瞬間、土方は笑いながらそんなことを呟いていた。
がつんと鈍い音がして、土方の体が崩れ落ちる。頬に渾身の一撃を食らった彼は壁に凭れるようにずるずる倒れた。
「土方ッ!!」
「ぐあぁぁぁぁッ!!!」
銀時が後ろの男を跳ね除けようとしたときである。土方を殴ったはずの男が、聞くに堪えない悲鳴を上げた。他の仲間連中も、銀時も唖然としてその光景を見つめている。喚く彼の手には無数の湿疹が浮かび上がり、それらはまるで生きているかのようにふつふつと肥大していた。
「何だよ、これッ…、な…」
「早く医者に行かねぇと体中に広がるぞ」
目を疑う光景に誰もが呆然としている中で、土方がひとり淡々と言葉を発した。
「そのまま死ぬかもしれねぇな」
「うわ、ぁぁぁぁあッ……!」
冷ややかな一言にまず、湿疹だらけの本人が逃げ出した。その後を追うように残りの連中も駆け出していく。先程までのピンチはどこへやら、すぐに広場は銀時と土方のふたりきりになった。
「……何なの?アレ」
恐る恐る尋ねると、彼は切れていた唇を拭いながら立ち上がる。
「説明はあとだ。この路地の出口の住所を言え」
「あ、ああ……」
銀時がこの先にある出口付近の住所を告げると、土方は携帯電話で他の隊士に指示を送った。通話を切ると、くるりと銀時の方へ向き直る。その表情は特に変化もなく、あの出来事がまるで自分の錯覚のように思えた。しかし、銀時はしっかりとこの目で見た。土方の頬を殴った手に急に異変が起こったのだ。戦闘を続行できないくらいの異変が。
「で、何アレ?」
「さぁな」
「ってオイィィ!今さっき説明するって言っただろうが!?」
「……原因は俺も知らねぇよ。ただ――」
土方は乱れた服装を正す。革手袋の裾をきゅっと締めた音が、場の雰囲気を更に張り詰めさせる。土方は平然としているが、あの男の喚き様は尋常ではなかった。何か嫌な予感が銀時を襲う。
「俺に触れると皆アレルギーを起こす」
「……どういうこと?」
「お前も見ただろ。湿疹が出る奴も居れば、ショック死する奴も居るかもしれねぇ」
「………はぁ」
アレルギーなんて聞き慣れた言葉だが、血液や内臓といった体内の拒絶反応ならまだしも、人間に触れただけで起こるものだろうか。それも最悪、死に至るほどの激しいものが。
「ひじかたく〜ん、マジな顔して冗談言っても面白くないよ?」
「信じるも信じないもお前の勝手だ」
「……、マジで言ってんの?」
土方が性質の悪い冗談を言うには真面目すぎる性格なのは知っている。けれど、彼の話は想像を超えていた。
彼の話を纏めるとこうだ。
現代の医学でも原因はわからないらしい。ただ言えるのは、土方の皮膚の性質が一般的な人間のものとは異なり、他の人間にとっては害となるということだけ。彼がそんな体質になってしまったのは、遺伝子の欠陥か、胎児のとき何かしらの外部影響があったか。しかし、それが何であったかなど今となっては不明だ。
「俺以外にこんな症例が出てる奴がいないらしいからな」
サンプルが他にいないため、詳しい研究が出来ないのだろう。土方は淡々とそう告げた。
「生まれても直後に殺されてるのかも知れねぇ。抱かかえることも出来ない赤ん坊なんて不吉でしょうがねぇからな」
「………ッ、おまえ…」
いつの間にか取り出した煙草を銜えてふぅと息を吐いた彼の横顔が、妙に心をざわつかせて、銀時は無意識のうちに手を伸ばしていた。一度も他人の体温に触れたことのない彼が、ひどく寒そうに見えたのだ。衝動と焦燥で支配された身体が、理性的な判断の前に行動を起こす。
「触るな」
しかし、伸ばされた手は冷たい革手袋に跳ねつけられた。その衝撃で我に返る。
「見てただろ。俺に触れるな」
「そうだけど……」
「好奇心だけじゃリスクが大きすぎるぜ」
アレルギー症状なんて人それぞれだ。痒みを覚える程度もあれば、彼が言うようにショック死の可能性も捨てきれない。だからこそ、土方は手袋をはめ、夏でも上着を着込んでいる。
「こんなことで同情されるのはまっぴらだ」
土方らしい言葉だった。凛と響いた声と同じ、彼の表情は明るい。
「俺は不幸だと思ったことはない。近藤さんも総悟も隊の皆も、俺を受け入れてくれている。日常生活だってたいして不便を感じてねぇ。だから周りが勝手に同情すんのが一番迷惑だ」
「別にそういうわけじゃねーけどよ……」
「ふん」
土方は鼻で笑うと、吸っていた煙草を捨てた。警察がポイ捨てはどうなの、と思うが銀時は突っ掛かるほど冷静さを取り戻せていなかった。そのまま黙り込んでいると、土方の携帯が鳴る。きっと先程の浪士を取り押さえたという連絡だろう。彼は小さく頷くと、すぐ行くと返事した。
「あまり言い触らすなよ」
「言わねーよ」
言えるはずも無いだろう。この目で見ても未だ信じきれずにいるのだ。以前から土方の格好には疑問を感じていたが、こんな理由があるとは予想していなかった。同情するなと言い切った彼の凛々しい顔が脳裏に浮かぶ。自分の運命を受け入れ、胸を張って生きる彼は今までの凶悪な印象を覆すほど綺麗に映ったのだった。
その先の眺め01