君は、

お前は、

その寂しさを知らない



好きにも色々と種類があると思う。

「ほれ、千石。言ってたマンガ」
「おお、さんきゅー!南、大好き!!」

友達への"好き"。ホントだけど軽く言える好き。

「千石くん。CDありがと。これ、お礼ね」
「マジで!?わー!ミカちゃん、大好きー!!」

女の子への"好き"。可愛いなぁの好き。


そして、彼への"好き"。

胸を満たし、掻き乱し、繰り返し、そして今まで生きてきた中で一番──


「跡部くん!明日は君の誕生日だね!!」
「そうだったか?」
「ナニその反応!?恋人達の一大イベントだよ?むしろ近づくごとにドキドキそわそわああどうしよう的イベントだよ!?ていうか、俺一ヶ月前から言い続けてるはずだけどね!!」
「ああ、うざかった」

この人はホントにつれないよ・・・。今だって俺が拗ねて小さくなってるっていうのに、どっかりソファに座ったまま、本とか読んでるし。

「俺は君の事をこんなにも想ってるのにさー」

小さな呟き。パラリとページを捲る音。

「言ってろ。バーカ」

素っ気無い君の声。

あ──

何気ない一言。わかってる。彼にとっては照れ隠しですらないいつもの軽口。でも、それでも、

イタイ。サミシイ。オシツブサレル。彼ハ知ラナイ。俺ガドレホドノ、

ダメだ。止まれ。跡部くんはこんなこと、知らなくていい。知られてはいけない。

「千石?」
「俺、帰るね!」
「はあ?」

逃げてしまえ、とカバンを引っつかんだ。今のこのとき以外なら、どんなうまい言い訳だってきっと思いつく。後でいっぱい謝ればいい。だから、今は逃げるんだ。

「おい。ちょっと待てよ」

掴まれた腕。振り返ってはいけない。逃げなくては。

そう思いながらも、やっぱり俺は振り返ってしまった。

「お前、どうしたんだよ?」

まっすぐな君の瞳。怪訝そうな気配と、少しの不安が見える。それでも、綺麗でまっすぐな青い瞳。ああ、どうして行かしてくれなかったんだ。俺はそれが何より嫌だったから、この場から逃げてしまおうと。

「君は、」

まっすぐ見れないはずなのに、どうしてかこの目は君をまっすぐ捉える。傷つけたくない、止めるんだ、って理性が叫んでるのに、俺は止まれない。

「君は、知らないよね」

今の俺の顔は君の目にどんな風に映ってる?

「俺はね。跡部くん」

聞かなくても、わかるよ。きっと情けないくらい泣きそうな顔で、そのくせ精一杯笑っているんだ。


「君に好きって言う度、寂しくって仕方ないんだよ」



最悪だ。

沈黙に耐えられなくなってあの場から逃げ去って、走って帰ってきて、ただいまも言わず部屋に駆け込んだ。それからずっと自己嫌悪の嵐。

ああ、跡部くんを傷つけた。

膝を抱えてベットの脇に小さくなって、ぐるぐるネガティブな考えばかりを回し続けてかれこれ2時間。考えることは、彼はあのあとどうしただろうか?とか、逃げた俺の背中をどんな気持ちで見ていて、俺の飛び出していったドアを今どんな気持ちで見ているのだろうか?とか、

明日の誕生日をどんな気持ちで過ごすんだろうか?とか。

一緒に過ごしたいのになぁと思った。でも、無理だ。昨日の今日で何もなかった振りして明るく楽しそうに祝っても、そんなの表面上だけに決まってるし、それじゃ何の意味もない。別々にいるほうがよっぽどお互いのためだ。

それじゃあ、どうしたらいい?どうしようもないじゃないか。

俺は、一緒にいたいのに。

素直にありがとうを言えない君の感謝の言葉を含んだ悪態とか、嬉しくてもうまく笑えないでちょっと変になっちゃってる笑顔とか、俺が見てないと思ってこっそりプレゼントを見る時の君の優しい瞳とか、全部想像できる。きっと実物は俺の目に焼き付いて、いっそう俺を放さなくするものばかり。

聞きたい。見たい。触れたい。

傍にいたい。

涙が出そうになった。いくら考えたって、そうなんだ。俺はどんな思いをしたって君の傍にいたくて、それだけじゃないけど、それだけでもあって、

「そばに、いたい」

言葉が染み込んでいく。すべてが支配されていく。

かばんを引っつかんで、ドアを乱暴に開ける。母親の「何なのよ、さっきから!」っていう怒った声も耳を通り抜けて、俺は行ってきますも言わずに飛び出した。


走って、走って、走って、角を曲がって、君の家までまだまだだけど、電車だって止まってしまっていて、だから自分の足で進むしかない。

走って、息が切れてもただ走って、その角を曲がって、君の家へ、君のところへ──

「千石!」

呼び止められて、立ち止まる。

「え?」

まさかと思った。幻かと思った。

「あとべ、くん‥‥?」

そこには愛しい彼が立っていた。

「んなに走って、どこに行く気だ?」

ゆっくりとした歩みで彼は近づいてくる。街灯の明かりが当たらない場所にいる彼の表情は見えないので、どんな顔をしているかははっきりとはわからなかった。

「きみ、の、ほう、こそ」
「俺はお前に用があったからな」
「じゃ、おん、なじ、だ」

息切れしながら、奇遇だねって笑ったら、彼は少し顔を顰めたようだった。

「俺、ごめん、って、言いた、かったんだ」
「何のことだ?」
「君を、傷つけたから」

君が傷ついた事実は消えないし、俺のあの思いは全部本当のことだけど、俺は君の傍にいたくて、寂しくてもそれでもいいから、

「ちょっと余裕がなくて、ひどい事言っちゃったでしょ?全部忘れて、許してほしいな〜、なんて」

謝って、忘れてって頼んで、全部なしにしよう。

「ダメ、かな?」

それが君にとって、俺にとっても、一番のことだよ。

だから、なのに、ねぇ、


「できるかよ」


どうして君はそんな苦しそうな顔をするのかな?


「知ってたんだ」

そんな。

「お前が俺に望むもの、求めること、そしてそれが俺には不可能なことだっていうのも、全部」

君は知らない。

「たった三文字だ。俺はたぶん言えるだろうな。だけど、それがお前の求めるものにはならないのも事実だ」

俺は知らない。

「俺は、お前のように上手く、想いを言葉に乗せられない」

この寂しさを。

「与えられるものを返せない」

その寂しさを。

「求めるものを与えられない」


こんな寂しい"好き"を俺は知らない。


「俺は、それが、」


自分でも驚くくらいの俊敏さで君を捕らえて、抱き締めて、


「誕生日、おめでとう」


ポケットの携帯から音が鳴る。忘れるはずないけど、忘れないようにってセットしておいた時刻。


「君が好きだよ」


神田 なつめ





その寂しさを知らない