冷えた指先に絡まった熱は、口には出さない男の激情を表しているようで、ひどく震えた。
正月気分も抜け、仕事始めだと街に活気が戻ってきても、相変わらず万事屋には閑古鳥が鳴いていて、経営者である銀時は正月同様だらけた生活を送っていた。昨日から、休みをとっていた新八が戻ってきたが、今年一番の小言の嵐に嫌気がさして暇を与えた。キレる新八を言いくるめ、これ幸いとばかりに、お年玉をせびる神楽と凶暴な愛玩を押しつけ、自分は年がら年中布団の敷いてある奥へと戻る。道行く人が交わす新年の挨拶を子守歌に、銀時は再びゆっくりと眠りに落ちていった。
市民が日常を取り戻す頃、武装警察である真選組はようやく一息つけるようになる。年末年始は行われる大規模なイベントを狙うテロリスト対策として駆り出される。それに加え、物好きな天人官僚の初詣の護衛など、正月を感じる暇さえなかった。その特別任務も全て終え、今日は隊士全員に休みを貰うことが出来たため、彼らは遅いながらの新年の宴を満喫していた。
「お妙さァァァァァん!!!」
「ぎゃー!!局長、俺お妙さんじゃないですゥゥ!!」
「死んでくれよ、土方ァ〜」
「誰だ、今のはァァァ!?上等だァ!!」
宴もたけなわ、朝から飲み続けていた隊士たちは、昼が来る頃にはすっかり出来上がっていた。
酒もあらかた飲み尽くし、潰れる者もちらほら見えた頃、土方はアルコールの残る不自由な体を叱咤し、重く腰を上げた。隣で未だ杯を傾ける沖田がちらりと見遣る。
「ヤニ切れだ」
くしゃりと煙草の空箱を握りつぶし、土方は答えた。
大広間を後にし、縁側に出ると、冷気にぶるりと震えた。酒で暖まっていた身体から体温が奪われる。いったん自室に戻って羽織を取ってこようかと思案したが、自販機は屯所から出てすぐだ。少しばかり薄着だが、このまま行ってさっさと戻ってこようと決めた。軽く草履をひっかけ、少しおぼつかない足取りに苦笑しながら門をくぐる。
空は気分がいいくらいに快晴だった。吐く息が白く濁って、青い空へ霧散する。相変わらず空気は冷たかったが、それさえ、すがすがしく感じる。一年の一計は元旦にあり、と言うが、今日が自分にとっての始まりの日であると捉えれば、今年はきっと良い年になるだろうとぼんやり思う。ようやく目的の自販機の前に到着した土方は、自分の好む銘柄の煙草を購入する。そのとき、ふとその手に触れたものがあった。
「――雪、か」
ふわり、ふわりと、白い綿は地上に舞い降りてきていた。
空は晴れているのにそれは何とも不思議な光景で、土方は取り出し口に落ちてきた煙草を拾うことすら忘れてそれに目を奪われていた。
「……………」
白く小さな雪の結晶が、土方の肩にそっと触れた。
がらり、と戸を引く音で銀時は目覚めた。おそらく新八たちが帰ってきたのだろう。開けられた外の寒さを想像して、銀時はますます布団に潜り込んだ。張りを無くした布団は、お世辞にも寝心地が良いとは言えないが、それでも寒さを防いでくれる唯一の防寒具なのだ。まだ覚醒し切らぬ意識下で、銀時はもぞもぞとまるで猫のように丸くなる。
そのとき、すぱんと勢いよく襖が開かれ、想像していた以上の冷たい空気が部屋へと流れ込んできた。
「う〜、さみィ。勘弁してよ…」
くたくたの布団を抱き込み、銀時は唸った。
「こんな時間まで惰眠を貪るたァ、いいご身分だな」
真上から掛けられる声は、全くと言っていいほど予想外の人物だった。驚きで脳が一気に覚醒する。ぐるりと寝返りを打って見上げれば、夢かという考えを一気に打ち壊すほど鮮明に相手の顔が見えた。
「おーぐしくん?」
「土方だ」
こうして毎回訂正をいれる真面目さは今年も健在らしい。ただ、今日はいつもの隊服ではなく、普段着のような質素な着流しだった。
「なんでいるの?」
頭では覚醒しているつもりだったが、まだうまく状況判断が出来ないようだった。どうも喋り方が子供っぽい。自分でおかしいな、なんて他人事のように考えながら、銀時は寝転がったまんまの体勢で土方に問う。
「……邪魔して悪かったなッ!」
「えええ!?」
そして何故か土方は急に眉間を寄せて怒ってしまった。そうか、問い方がまずかったのか。きっと彼は何か勘違いしてしまったのだろう。徐々にはっきりしてくる思考とともに、銀時は言葉を続けた。
「ごめん、待てよ」
腕を伸ばして、踵を返した土方の着物の裾を掴んだ。
上から見下ろす土方は思いっきり嫌そうな顔をしたが、その手を払うことはしなかった。ふと視線をベランダの方へ移したあと、再び銀時に向ける。その頃には先ほどまで孕んでいた怒気は消え、どう表現していいのか解らないような何とも微妙な雰囲気を醸し出していた。
「………」
「………」
ほんの少しの間、互いに黙り込んだのち銀時がその手をゆっくり放し、上体を起こしたので、土方も自然とその布団の隣へと腰を下ろす。もう何度かわからないほど繰り返した動作で煙草に火をつけ、紫煙を吐いた。その間、目の前の男は何を考えているのかわからない目でこちらを見るばかりで、ずいぶん居心地が悪い。その視線から逃げるように、土方は再度、ベランダに視線をやった。
「雪が降ってんだ」
「どおりで」
意味もなく呟いた独り言に返事が返ってきたことにも驚いたが、握りこまれた手の熱にぎょっとした。
「冷たい」
そう言ってきつく絡めてくる指先に冷や汗が出た。
「お前、なにッ……!?」
「なんでこんな薄着で来たんだよ?」
逃げられぬように絡め取った指にひとつ唇を落としてから、銀時は普段からは考えつかないような真剣な声音を出した。
雪がちらつくほどの寒さの中で、羽織も着ずに、着流し一枚だなんで馬鹿げている。そんなことは自分でもわかっていた。自販機の前、白く柔らかい雪が髪に、肩に、手に触れた瞬間、何故かこの男のことを思い出していた。
絡む指先。目の前の白い男の方が体温が低そうに見えて、実は案外高いなんて、初めて知った。薄く色づく唇が何か呟いたようで、それを追う内に視界がぼやけた。冷えた身体に与えられる熱は、抗いがたい力で土方を縛る。
指先と唇にそっと触れる他人の体温。あの雪のように優しいのに、こんなにも熱い。
かさつく唇をぺろりと舐められ、やる気のない男は今年もそのままのスタンスで笑った。
「今年もヨロシクね」
返事もすることが癪だったので、土方は緩む口元に思いっきり歯を立ててやった。
春日 凪
初めて書いた銀魂です。銀さんも土方さんも別人…!