夜が帳を下ろしても眠らない街がある。
不夜城の名そのままに、人間のあらゆる欲をその色とりどりのネオンに映して、喧騒と卑猥な空気ばかり孕んでいる。新宿、歌舞伎町はそういう街だった。
完全な日没を迎え、夜行動物のように目をぎらつかせた人間たちが、それぞれやかましく騒ぎ出したころ、大通りを一本外れたところにある古びた雑居ビルの一室で、そんな喧騒は自分とは無関係と惰眠を貪る男がいた。申し訳程度に掲げられた看板には、乱雑な字でこう書かれていた。

「万事屋」

古風な響きを持ったその名は、どこか妖しく人を呼び寄せていた。


あなたは他人を羨ましく思ったり、
誰かを陥れたいと思ったりしたことはありませんか?
その小さな復讐や、悪戯のお手伝いをさせていただきます。
値段は要相談。秘密は厳守いたします。

万事屋


B5のワープロ用紙に素っ気無く黒で印字された広告を握りしめた男は、自分より一回り年下であろう少年を胡散臭そうに見た。
駅前の人気のカフェは昼時を過ぎても客足が絶えることはなく店内の席は全て埋まっている。 客のほとんどはカップルや女子高生、カウンターには一人でコーヒーを啜るスーツ姿の男性が見受けられる。その中で、見るからに素行の悪そうな青年と、黒髪に眼鏡といった地味を地でいくような少年が向かい合って座っていた。この奇妙な組み合わせは少し目立ってしまうのではないかと、焦ったように辺りを見回す青年に、相席している眼鏡の少年はにこやかに告げた。

「誰も他人のことなんて気にしませんよ。それがここ、歌舞伎町です」
さて話を進めましょうか。顔に笑みを絶やさぬまま、少年は続けた。


「万事屋は、その名前が表すように、人には言えないことや、自分では出来ないような込み入ったことを依頼主の代わりとなって行う、いわば慈善事業みたいなものです。と言っても、取るものは取らせていただきますが。 もちろん合法的で罪を犯すようなことはいたしません。依頼を受けたエージェントは、その身ひとつでターゲットへと近づき、陥落させます。金額は依頼の内容によって大きく違ってきますが、初期の手数料をお支払いいただき、のちに依頼が達成されてから、それに見合った金額を請求させていただきます。 万が一、失敗するようなことがあれば、それは一切頂きませんのでご心配なく。 また、内容によってはお請けかねるものもございますので、依頼書には出来るだけ細部にわたる記述をお願いしております。」
少年は一気に捲し立てて、再びにこりと笑った。作った表情の奥の感情を読みとらせないその話し方は彼がこの世界に長くいることを示していた。
「理が適っているようで胡散臭ぇな。お前みたいな子供に出来るのかよ」
「申し遅れましたが、私は志村新八という者です。万事屋のいわば窓口みたいなものをしております」
値踏みするような不快な視線を軽くいなし、新八と名乗った少年は事務的な口調を崩さなかった。
「ってことは、お前が動くわけじゃねぇんだ」
「ハイ。ご察しの通りこの仕事、全てが秘密裏に行わなければ意味がありません。そのためエージェントは皆、素性を非公開とさせていただいております」
何処の馬の骨とも分からない奴に、仕事を頼むなど常識で考えれば有り得ないことだが、ここは違う。色とりどりのネオンがきらめく華やかな街並みは、裏に隠された渦巻く欲望のカモフラージュにしか過ぎないのだ。人が集まれば集まるほど、欲望は際限なく増大する。こういった裏の仕事は、それに対応して徐々に拡大しつつある。
そして新八と名乗る少年の前に座る男もまた、欲に濡れた男だった。

「いいぜ。俺の依頼請けてくれ」


+ + +



新八が正式に依頼人となった男との話し合いを終えて、古い雑居ビルに構えられたオフィスに戻ってくると、タイミング良く奥の扉から一人の男がその姿を現した。あちらこちらに跳ねた銀の髪は、寝癖も加わって大変なことになっている。
「今まで寝てたんですか?ホントどうしようもない人ですね」
小姑のような小言を吐いてしまうのも、この男のだらしなさを考えれば仕方ないことである。これでも、この『万事屋』のオーナー兼、唯一の働き手である坂田銀時、その人なのであった。
「新八、いちご牛乳」
「コーヒーにしなさい」
甘い物が大好きで糖尿病寸前の彼は、新八の忠告に不満そうにしていたが、眠気を覚ます上でもその方がいいと判断したのか、それほど文句を言わなかった。まだ眠気を訴える身体をソファーに預け、コーヒーを出されるのを大人しく待っている。
こぽこぽと注がれる黒い液体に、大量のミルクを入れてもらってから、銀時は半分も開いていなかった目をようやく開けた。
「どこ行ってた?」
「仕事の打ち合わせです」
銀時の前に先ほどの資料を置くと、彼は嫌そうに眉を顰めた。
「えー、忙しい」
「忙しいってアンタ、今何も案件抱えてないでしょうが…」
今日、依頼人に説明したようにすべての依頼は新八が管理している。ここのところ、銀時は持ってくる仕事すべて難癖つけて断っており、ろくに報酬が入ってきていない。これでは月末の自分の給料が危ういと踏んだ新八は、強硬手段に出る。
「僕の今月の給料、捻出できなかったらお天気お姉さんのフィギュア売ってもらいますから」
「ぇええぇぇええぇ!?」
「当たり前ですよ、月末にお通ちゃんのライブがあるんです。給料もらえないと行けないですもん」
「ち、このアイドルオタクが」
「何とでも」
お通のことに関しては、穏和な新八も鬼になる。こうなった彼に何を言っても無駄なので、銀時は渋々依頼書へと目を通し始めた。
依頼人:山田 太郎
依頼内容:土方十四郎をぎゃふんと言わせたい
白いコピー紙には乱雑な字で上のように書かれていた。今時『ぎゃふん』もないだろうと、心の中で思ったが、それについては突っ込む気すら失せてしまったので何も言わなかった。
「まあ、一般的な依頼だわな」
「こっちが依頼人とターゲットの詳しい身上です」
「お前ここまで調べてるってことは、この仕事断らせる気なかったな」
「もちろんです」
幼い顔をして案外したたかな新八は、にこりと笑ってその先を促す。
「土方十四郎。歌舞伎町中心に展開する『真選組』の副長、瞬時の判断力とその腕を買われて若くして副長の座へ登り詰める。今は総勢30名の組員を取りまとめる重要人物。依頼人とは20年来の幼馴染みであるが、何かと絡む依頼人に辟易…無視している。 なお、『真選組』は『松平組』を母体とする若年層が所属する組織で…って、ヤクザじゃんこれ!」
『松平組』の3文字を潔く見つけた銀時は、慌てて依頼書を放り投げた。この新宿歌舞伎町に暮らす者で、その名を知らぬ者はいない。その規模は単なるチンピラ集団といった生易しいものではない。この歌舞伎町で展開する風俗店の半数は『松平組』の傘下だろう。資金面でも、人員数でも一介の自営業者が敵う規模の相手ではない。
「依頼人の山田さんも、彼に対抗して渋谷の『龍閃会』に入ったみたいですね」
「何ィ!?…余計にムリ!ヤクザ間の抗争なんて、危なくてムリ!」
不穏な名前の連発に銀時はお手上げとばかりに、身体をソファーへと埋める。
「組自体は関係ないですよ、山田さん個人の依頼です」
やる気が失せてしまった銀時に、再び書類を突き付けるも興味なさげに一瞥をくれるだけだった。
「個人の依頼って言っても、向こうはヤクザだぜ?依頼を達成したあと、どんな報復があるか分かったもんじゃない。俺はどうしてもターゲットには面が割れちまうんだ。オイオイ殺されるじゃん、俺」
「…銀さん、俺だってボランティアじゃないんですよ?」
棚に飾ってあったお天気お姉さんのフィギュアを、いつの間にか手にしていた新八は、これでもかというくらい黒い笑顔を浮かべて言った。
「とりあえず結野アナとはお別れですね」
「わわわわ、待て待て。とりあえず、やってみっから!!」
その怒りを込めた手では、売り飛ばす前に壊されてしまう。一応の承諾の言葉に、力を緩めた新八の手から、慌ててフィギュアを取り返すと、一通り確認してから所定の位置へと戻した。とりあえずは無傷だ。しかし、そこで安心させてくれるほど、新八は甘くなかった。
「言っときますけど、まだ諦めたわけじゃないですから」
冷たい視線を投げかける新八に、銀時はお天気お姉さんへの愛を誓った。
「俺、結野アナのために頑張るから…!」


+ + +



身なりを整え、銀時が町へと出たのは、すでに日付が変わってからだった。仕立てのいいダークグレーのスーツは、彼の戦闘服と言ってもいい。 堅苦しいタイは外して、しかし決して軽い印象は抱かせないようのシャツの襟は控えめに立てる。事務所で見せただらしない姿を微塵も感じさせないほど、完璧に着こなした銀時は、煌くネオンの下、どうしようかと考えを巡らせていた。
新八が依頼人に説明したように、銀時は単身でターゲットへと近づく。素性は秘密で、依頼人にすら銀時が万事屋の一員であることは明かされない。そのため仕事を遂行するための下準備などはまったく成されないまま仕事は始まる。ターゲットの懐へと如何に潜り込むかは、銀時の腕の見せ所だ。
「と言っても、俺にはこれしかねーからな」
四方へ伸びる銀糸をちょいと手直しして、銀時は正面にそびえる高級感あふれる白亜の建物へと視線を戻した。その先にある儚い優美な夢の世界に相応しい笑みを浮かべて。

「いらっしゃいませ」
一度足を踏み入れると、そこは先程までの騒がしい通りとは打って変わって、耳障りのいいジャズと穏やかに談笑する男女の声が聞こえる空間だった。控えめに落とされた淡い照明が上品な雰囲気をさらに助長させている。
「いらっしゃいませ、お客様。当店は初めてでしょうか」
紳士的な物腰の黒服が、にこやかに問う。徹底された上質の接客に、銀時も負けじと満面の笑みを浮かべた。
「ああ。悪いんだけど、この店で一番の子を付けてくれる?」
一見の唐突な申し出ではあったが、銀時の放つ自信溢れるオーラに何を勘違いしたのか、黒服はかしこまりましたと、承諾の言葉を述べ、彼を奥のテーブルへと案内した。しばらくして、華やかなドレスを纏った若い女性がこちらへとやって来る。思っていたより若く、美人だった。
「いらっしゃいませ、ゆいです」
「はじめまして、俺は銀時。どうぞ」
花が綻ぶような綺麗な笑顔を見せた彼女に、この仕事の最終目的を考えて少し落ち込んでしまった。単純に、女の子と飲むだけの仕事ではない。今回のターゲットである鬼の副長、土方十四郎とコンタクトを取るための手段に過ぎないのだ。
「あーあ、普通に遊びに来たかった…」
いつにも増して気乗りのしない今回の依頼に対するぼやきを、琥珀色の液体と一緒に流し込む。その飲みっぷりに、ゆいが嬉しそうに次の杯を勧めた。
「ねぇ、ゆいちゃんは彼氏とかいるの?」
「いないですよ〜」
世間話を織り交ぜて、銀時は巧みな話術で彼女の内側へと滑り込む。早急な銀時のペースにつられて杯を重ねる彼女も、アルコールのおかげで幾分障壁が崩れているようだ。銀時はそれを見逃さず、じっくりと落としにかかる。
「こんな可愛いのに、ほっとく男は馬鹿だねぇ」
ロックグラスの縁を指先で柔らかく辿る。意味あり気に流す視線に、彼女の表情が微かに強張った。
「俺なら…」
「………え?」
「いや、なんでもない」
そこで話を切って、再び他愛のない世間話へと話題を戻す。さり気なくヘルプの女の子を立たせ、二人きりの空間を作った。ほとんど酔わない性質を生かし、いまだ杯を重ねる銀時に合わせようとする彼女に、強いウィスキーではなく、甘い女の子が好むような明るい色のカクテルをバーテンへ頼む。
「ごめんなさい、本当は私がしなきゃいけないんだけど」
「いいや、いいよ。俺のペースが速いだけ。ゆいちゃんはゆいちゃんのペースで飲んでくれたらいいよ。せっかくの二人の時間、嫌な想いさせたくないし」
「銀時さん…」
ゆったりと流れるジャズの音色がはっきりと聞こえるのは、二人が黙り込んだからである。口元に笑みを湛えたままに、熱く優しい視線を送る銀時の姿は、どちらが客かわからないほど、彼女を虜にした。
ここにきて銀時は自分の勝ちを確信する。しかし、そんな態度をおくびにも出さず、優美な微笑を持って最後の仕上げへと向かう一言を口にした。

「ゆいちゃん、御手洗い案内してくれる?」

壁際に立つスタッフの目をうまくかわし、全てのテーブルより奥に位置する御手洗いへとゆいを連れてくることに成功した銀時は、その扉の前で手首の腕時計を確認する。
「もうこんな時間、帰らないと」
「え?」
夢のような時間の唐突の幕切れに、ゆいは動揺を隠し切れない声音を発する。その不安そうな表情に満足した銀時は、ゆっくりと彼女へと手を伸ばした。緩やかにウェーブがかかった柔らかいその髪を一房掬い上げ、緩慢な動きで口付ける。それは初めての接触で、一瞬でここがどこかわからなくするほど、衝撃的だった。
「楽しかったよ」
「っ…!」
さらりと髪が銀時の骨ばった指から抜け落ちる。その光景は、このまま銀時が消え去ってしまうような錯覚さえ覚えさせるほど、ゆいの心を揺さぶった。思わず手を伸ばして、銀時のスーツの裾を掴んでしまう。
「銀時さん…」
「……」
「私、もう上がります」
淡いピンクのルージュで彩られた小さな唇が、そう紡いだのを確認して、銀時は見惚れるほど鮮やかに笑った。


+ + +



新宿駅からほど近いビルに『真撰組』の事務所がある。もちろんビルは『松平組』の所有するものであり、下の階に入っている店も全て組の息がかかったものばかりだ。その事務所の一角で書類と向き合っていた土方に、後輩から声が掛かる。
「土方さん、ちょっといいですか?」
土方は紙面から視線を外すと、正面に立つ青年らを見遣る。彼らは少し申し訳なさそうな困ったような、そんな複雑な表情をしていた。
「どうした?」
「実は…これ見てください」
そう言って手渡されたのは、組が管理する数店のキャバクラの売上表だった。『松平組』の傘下である店のうち、若年者をターゲットとするものは『真撰組』が管理していた。地代を含め、売り上げの何割かを組へと納めるきまりがあり、彼らは本日集金へと赴いたらしい。
「それがどの店も先月より売り上げが落ちてるんですよ」
細かな数字が並んだ表を土方は訝しげに眺めた。月によって多少の増減はあるものの、人の欲望は決して消えることのない炎である。どの店も、急に売り上げが落ち込むなど初めてのことだった。
「なんでこんなことに」
「それが今までトップを取ってきた女の子が次々と辞めたり、休みがちになったらしいんです」
「引き抜きか?」
今度は別の男が口を開く。
「いや、誰も別の店に移ったという話は聞いていません。ただ周りの女の子によると、新しい男が出来たとか」
「男?」
不審そうに眉を顰める土方に、彼らは困ったように顔を見合わせた。
店で働く女の子が新しく彼氏を作ることは、それほど珍しいことではない。しかし、今までトップを取ってきた彼女たちにはプライドも理性もある。恋愛ごときで仕事を疎かにするような子では、ナンバーワンなど成り得ない。それが今回に限って、連続して起きるものなのだろうか。
土方の疑問は当然であった。それゆえ、集金を任されている彼らたちも困惑しているのだ。個人の恋愛事情に経営側が口を出すことは出来ない。しかし、何者かが意図的に『真撰組』ひいては『松平組』の失脚を狙ってのことであれば、一大事だ。その判断を仰ぐため、彼らは土方に相談した。
「…とりあえず彼女らに事情を聞け。辞めた者は仕方ないが、まだ働いているやつもいるだろ」
「「はい」」
重なる聞き分けの良い二つの声に、土方は頷いて視線を書類へと戻した。退室する青年の姿を確認してから、傍に座する黒髪の男に指示をする。
「山崎、お前はその男について調べろ。何か意図的なものを感じるからな」
山崎と呼ばれた男は、了解の言葉とともに部屋を後にした。彼は土方が個人的に使う部下で、監察や調査に秀でており、土方が絶大な信頼を置いているメンバーのうちのひとりである。彼に任せたことでとりあえずの安心を覚えた土方は、先程から一向に進まぬ書類に神経を注ぐため、この事件のことを頭の隅に追いやった。


+ + +



「じゃあここでね」
中世の古城をイメージしたような造りの建物から一組の男女が姿を現した。周りは似たようなピンクの光を放つ建物で溢れ返っている。別れ難そうな仕草をする女性に、男は困ったような表情を浮かべ、軽くキスをした。こういった場所では少々の戯れも許される。切なそうに目を細めた彼女に、今度は少し深い口付けを施して、優しい声音を残して去った。
ホテル街を抜け、飲み屋が並ぶ繁華街を歩きながら銀時はケイタイを開いた。じかんを確認すると同時に新着メールをチェックする。一件、このあとの予定に関するものが入っている。
「あー、一日に二人はきついわ。出るかな…」
手馴れた動作で返信のメールを送ると、スーツのポケットへと仕舞い込んだ。次の約束まで、あと一時間もない。体に残る気だるさを振り払うため、どこかサウナにでも入ろうか思案していたとき、銀時の隣に黒塗りの高級車が止まった。
「………」
心中ではやっと来たか、と撒いた餌に食いつく獲物を確信したが、表情には見せない。自分には身に覚えがないといった風に驚愕の表情をして見せた。
「お前が坂田銀時か――」
車から二人、男が降りてきた。ホストのような派手な開襟シャツに黒いスーツを着ている。典型的なほど一般人ではないとわかる格好に、趣味が悪いなと、ぼんやり思った。車の中には運転手のほかに、もう一人の影が覗えると銀時は舌なめずりをするかのように唇を湿らせた。そう簡単にメインディッシュが出てきては味気が無い。
「そうですけど、みなさん誰ですか?俺このあと予定あるんで…」
あたかも何も知らない一般人を装う。見るからに堅気ではなさそうな男たちに怯える演技も忘れない。勿論こんな茶番が通用しないこともわかっている。
「白々しい…おめぇが俺らの店にちょっかい出してることくらいわかってんだッ!!どこの組だ、アア?」
「だーかーらー何も知りませんって。俺は世間で言うニートですよ。ひきこもり?社会
の荒波に疲れて、キャバ嬢にハマル典型的なまるでだめなおとこ!」
わざと最後はキャバクラの話を絡める。男らは店とは言ったが、その店がキャバクラだとまでは言及していない。何の話かわからないといった態度は、全て演技だとわからせるためだ。
「てめぇ、キャバ嬢だって知ってんじゃねぇか!!」
「いい加減にしろよォ?痛い目みてぇのか?」
「ぎゃー、何なの。この人たち!警察呼びますよ?」
「うるせぇ、このやろッ!!」

「止めろ」

停まっていた車から凛とした声音が響いた。銀時に掴みかかっていた男たちが一瞬で散り、腰を折ってその男の登場を迎える。ゆっくりと車のドアが開いて、その中から端正な顔つきの男が出てきた。 喧嘩っ早い若い衆をその頭脳とカリスマ性で纏め上げる『真選組』の副長・土方十四郎だった。勿論、言うまでもなく銀時にとってラスボスとも言うべきターゲット本人だ。
「…アンタ、こいつらの上司?教育はしっかりしてくんないと困るんだけど」
事前の調査書で顔は知っていたものの、写真で見るより迫力がある。それは思っていた以上に彼が美形だったからだ。先程の男たちとは違って、襟をしっかり留めることで醸し出されるストイックな印象は、漆黒の髪と瞳がさらに助長させていた。 それでも銀時に向けられる攻撃的な視線と無感情な表情は、彼がまともな人間でないことを表している。一筋縄ではいかなさそうなターゲットに、銀時の獣の血が騒いだ。依頼内容は彼にぎゃふんと言わせることだが、個人的にも虐げてみたいタイプだ。
「こいつらにはあとで言って聞かせておこう。それより俺はお前に話がある。ちょっと事務所まで来てもらおうか?」
「お天道様の下じゃ話せないことなんですかー?」
「お前にとっても俺らの懐に入り込むチャンスだと思うが?」
さすが真選組の頭脳と呼ばれるだけはある。銀時の行動がすべて意図されたものだと気付いている。
「…茶くらい出るんだろうな?」
「勿論。何なら貴方の好きな洋菓子でもご用意しますよ」
挑発的に笑う土方に乗せられるように銀時は車内へ滑り込んだ。
事務所に向かう道中、銀時はじっくりと土方を観察することにする。値踏みするようなぶしつけな銀時の視線にも彼は臆することなく涼しい顔を崩さない。頭が良いだけでなく肝も据わっているらしい。なかなかの逸材に銀時はますます自分が高揚するのを感じた。しばらくして車は一般的なビルの前で停まる。ビルの前には一人の男が立っていた。
「お帰りなさい」
「ご苦労、山崎」
山崎と呼ばれた男は恭しい動作で車のドアを開け、土方を迎えた。その丁寧な態度は銀時のときも変わることがない。土方の私設秘書といったところか、よく教育されていると思う。単なる秘書なら、の話だが。もし銀時が何か土方に仕掛けようものなら、すぐに命を取れる絶妙な距離を置いて、山崎が連なる二人の後ろに付く。
殺傷沙汰になったらどうしてくれんだ、と銀時はこの依頼を持ってきた新八に対して、心の中で思いつく限りの罵倒を吐き捨てた。


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都会の黒豹01